702話・厄介な敵
クロノ王国の第二王子で前法王ラー・スノールを仲介者として、本国と和平を図った。
使者に立つのはいぶきだ。
うまくいく保証もなかった。
俺の『未来視』も、都合のいい未来など見せてはくれない。
危険な橋だが、俺が垣間見た「最悪な事態」を回避するために、手は打ち続ける。
一方、視界の先では小夜子と魔獣化したネオ霍去病が交戦している。
体長はゆうに5倍くらいの怪物に対して、太刀を振るって応戦する彼女は一歩も引いていない。
それどころか、鋭い斬撃は怪物を圧倒していた。
小夜子はおっとりした見かけによらず、雷鳴のように速く正確な刀さばきで霍去病を追い詰めていく。
怪物化したネオ霍去病だが、必ずしも強大な相手には見えなかった。
小夜子は障壁能力を使うでもなく身をかわし、鮮やかに斬撃を繰り出し、致命傷を与えている。
三本の首が飛び、鮮血が通り雨のように降り注ぐ。
双眼鏡越しにも凄惨な戦闘がよく見えた。
普段の〝平和ぼけ〟したようにも思えた言動からは想像もできないほどの容赦のない小夜子の剣戟──。まさに魔王を討ち滅ぼした〝勇者パーティ〟の主力にふさわしい実力に思えた。
あまりにも激しい攻撃に、上空のレモリーも、おそらく援護射撃のタイミングがつかめずに沈黙しているくらいだ。
しかし、終始圧倒されて何度も絶命しているはずの霍去病が倒せない。
三本の首を切り落としたと思った瞬間、霧のように消えると元の場所から何事もなかったようにあらわれる。
まるでゲームオーバーになったキャラクターがコンテニューしてその場で蘇るように、結果をなかったことにして再度対峙する。
小夜子だって体力が無限にあるわけでもないし、何度も蘇ってくる相手は精神的にキツいはずだ。
それに加え、エルマがバラ巻いた神経ガスの影響も心配だった。
さすがに時間が経って霧散したとは思うけれど、何か嫌な感じがする。
俺は、戦車の運転席で中腰になり、両の拳を握りしめた。
もどかしい気持ちでいっぱいだが、レモリーでさえ援護できずにいる以上、戦闘面では俺に役目はない。戦車に乗っていたところで、魔力のない俺には魔法弾を撃つこともできなかった。
できるとすれば、未来視で状況を見て指示を出すことと、通信機で他の者に連絡することだけだ。
「エルマ、いまどこだ? こちらは小夜子さんが怪物化した霍去病と交戦中! 膠着状態だ」
俺は通信機でエルマを呼び出した。
「あたくしはロンレア領のシェルターに入りました♩ 裏切り者のジュダインを拘束してギッドさんを助けました♩ ヒナさんとミウラサキ一代侯爵は表で骸骨騎士団と交戦中ですわ♩」
エルマは早口で状況を説明した。
厳密に言えばジュダイン・バートはまだ裏切り者ではないはずだが、切羽詰まった状態でギッドが助けられたならそれでいい。
「エルマ、よく聞け。前法王と電話で和平交渉をまとめた。いぶきが使者で本国に向かい、前法王はそちらに向かっている……」
「ちょっと待ってください直行さん! あの恐ろしい前法王さまが!? こっちに来る? あわわわわ……勝手なこと、しないでくださいな、ひぃぃ」
明らかにエルマは動揺し、声を震わせた。
「前法王がどう動くかは分からないが、霍去病や〝七福人〟の過激派には反対する意見で同意している」
加えてこちらからは再生医療技術の提供と勇者自治区のブレーキ役をロンレアが務めることで、異界人と現地人との間で相互不可侵の関係を模索しているとつけ加えた。
「そんなの一人で決めないでくださいよ~♩」
勝手にシン・エルマ帝国の皇帝になった奴に言われたくはなかった。
「とにかくグレン氏らから戦う理由を奪った。このことをヒナちゃんさんに伝えてくれ。な、皇帝陛下?」
本当はこの後すぐに俺がヒナに通話しようとも思っていたが、仕方がないのでエルマに花を持たせた。
問題は前法王ラーの仲介と本国との和平交渉で霍去病やグレン氏が兵を引くかだが──。
「お話の途中、申し上げます!」
俺とエルマの通信に、レモリーが割って入ってきた。
風の精霊を使い、声を届けたのだ。
「ネオ霍去病は周辺に未知の猛毒を撒き散らしている様子です。周囲の地場から精霊力が消えていきます。小夜子さまが心配です……」
レモリーが案じた通り、小夜子の動きが鈍ってきていた。
ガスマスクをかぶっているので双眼鏡では表情を伺うことができないが、先ほどまでの雷鳴のような動きから一転して、動作にキレがなくなっているように思えた。
俺は額に手を当て、『未来視』を発動させた。
小夜子に視点を定め、その先に思いを定める──。
何分後かは分からないが、喀血して絶命する彼女の姿が見えた。
四肢は変色して崩れ落ち、肉体が腐り崩れ落ちていくショッキングな姿だ。
さらに上空に待機していたレモリーも喀血して落ちていき、俺も戦車の中で悶え苦しんだ末に腐り落ちて絶命するすさまじい未来だった。
最悪の未来をひとつ潰しても、別の角度から最悪をぶつけてくる。
相手にとってはそれが〝最善策〟なのだろうが、きわめつけに厄介だった。
決して霍去病を甘く見たつもりはなかった。
過去改変能力者の恐ろしさを分かったつもりでいたが、俺の策はことごとく打開策がとられてしまった。
だとしても俺は諦めるわけにはいかなかった。
絶対に小夜子を死なせない。
通信機を握りしめ、俺はヒナを呼んだ。
そして同時にピンク戦車を走らせて、霍去病と小夜子の戦場に乱入していった。
次回予告
※本編とは全く関係ありません。
エルマ「このお話がアップロードされたのは25年のGW期間中でした♩」
直行「飛び石連休が多くて三連休も少ないから予定が立てにくいGWだったな」
知里「あたしには関係ないけどね」
直行「次回の更新は5月9日を予定しています。『ちーちゃんは毎日が旗日』お楽しみに」




