700話・交戦中に前法王との電話会談
「小夜子さん。猛毒の中に行かせてゴメンだけど、あいつの足止めを頼めるか?」
俺は向こうに見える怪物を指さして言った。
「……倒さなくていいの?」
ガスマスクを装着しながら、小夜子は聞き返す。
いつものビキニ鎧ではなく、近未来風くのいち衣装に身を包んだ彼女だが、やはり露出度は多い。
いくら障壁能力があるとはいえ、両腕やお尻などはむき出しで、神経ガスの影響は心配だった。
「無理はしないでほしい。神経ガスの中で戦うのは危険すぎる」
「ありがとう。でも伊達に魔王を倒してはいないから大丈夫」
小夜子は決して強がりで言っているのはないことは分かった。
「倒せたらそれがベストだけど、あいつはリセット能力を持っている。だから確実に仕留められるときまで体力を温存して慎重に戦ってくれ」
「OK。ヒナちゃんとエルマちゃんが合流するまで足止めをやればいいのね!」
小夜子は両膝を深く沈めて肩にかけた太刀〝濡れ烏〟に手をかけた。
「はい。私も援護します」
上空からレモリーの声が届いた。
小夜子も手を振ってそれに応えつつ、勇者から預かった太刀を抜き放った。
そして何度か素振りをして、両膝を屈伸運動させて筋肉を調える。
「八十島小夜子、いきます!」
そう言って、彼女は飛び出していった。
俺は『未来視』を発動させて小夜子と霍去病の戦闘を先取りする。
彼女のすさまじい剣さばきで、霍去病を圧倒する未来が見えた。
とはいえ安心している暇はない。
俺は通信機を取り出し、新王都に潜伏させた神田春いぶきを呼び出した。
「いぶき、いま大丈夫か。新入りの人……に頼みがあるんだけど、電話を替わってもらえるか?」
「何ですかいきなり。まあいいですけど。おいクロース! 直行さんから電話だ」
いぶきの言動に、俺は冷や汗をかきながら、心臓もビクビクと震えているようだ。
清掃業者を装った彼が雇ったクロースとは、前法王ラー・スノールの変名だった。
その実力はたった一人で勇者パーティ4人と渡り合い、一騎打ちの 末に勇者トシヒコを討ち取ったほどだ。
「どうした恥知らず。同盟の件か?」
前法王は静かで涼やかな声色だが、すさまじい威厳を感じさせた。
声だけでも、王族特有の雰囲気を醸し出していて思わす気圧されそうになる。
「……いま、俺たはネオ霍去病と交戦中で、あのグレン・メルトエヴァレンス氏が復活して別動隊を率い、勇者自治区とロンレア領を空爆します。それを止めるために力を貸してほしい」
「……まるで未来を知っているかのような口ぶりだな?」
ラーは冷たく言い放った。
さすがというか、俺が『未来』を見えていることもお見通しな口ぶりだった。
「さすがお見通しですね。お察しの通りです。〝七福人〟グンダリ・アバターからスキル結晶『未来視』を奪いました。俺には未来が見えています」
俺もさらりと種を明かしてみせる。
ここまでは計算通りだ。
「最悪な結果が見えたので泣きついて来たのか。恥知らずよ、そなたは本当に節操がないな」
「お言葉ですが殿下。俺には未来が見えたんです。あなたがガルガ国王の遺児の後見人となり、摂政としてクロノ王国の立て直しを担当する未来が!」
それは嘘だった。
俺はそんな未来を見ていない。
ただ、彼が法王の地位を捨て、わざわざ清掃業者に身をやつしてクロノ王国に接触した理由を考えると、ガルガ国王の遺児に接触すること以外にないだろう。
クロノ王国の統制が乱れている。
俺もシン・エルマ帝国とやらのゴタゴタとクロノ王国の侵攻に追われて見落としていたのだが、諸侯と外交を行う際に感じていた違和感があった。
どうもクロノ王国は急進的な〝七福人〟一派と、保守派の貴族との間に統治についての温度差があるように思えた。
ガルガ国王亡き後はそれがよりハッキリして、俺たちも向こうの分断に付け入ったわけだが、元王子であったラーは王国の分断を阻止するために密偵のいぶきを隠れ蓑にクロノ王国に接触していると考えた方が自然だろう。
ラー自らが王座を取りに行くかまでは分からないけれど、幼子であるというガルガの遺児を放置しておけば霍去病だけでなく、それを担ぐ者があらわれるのは目に見えている。
「余にそのような野心はないのだが、そなたの未来視では見えたのか」
俺の推論に基づいた〝嘘〟に、ラーは食いついてきた。
「見えたのは王座に座る幼王の傍らに立つあなた様の姿。それは結果の映像だけで、過程については分かりません」
「グンダリから奪った能力と言っていたが、奴の『未来視』は視界内に先の動作が見えるものだった。そなたとは見え方が違うようだが」
ラーの好奇心を刺激すると、さらに話に乗ってきた。
この人は保守派の頂点の元法王でありながら、未知の技術にきわめて高い関心をもっている。
勇者自治区の知里のスマートフォンにエルマの新技術もそうだったので、今回は別方向から
「スキル結晶『未来視』を頭に埋め込むことで、より鮮明な未来を見ることができるのです。ただ、俺自身おぼえたばかりのスキルなので実感はわきませんが、いまのところ見えた未来は確実に起きています」
俺は慎重に言葉を選びながら言った。
ラーの能力『天耳通』には、心拍数をはじめ、こちらの動揺や心理状態が筒抜けになってしまう。
だからあえて手の内を明かしながら、動揺も見せることで、嘘自体をカムフラージュする。
「ラー・スノールさま。クロノ王国摂政となるあなた様にお願いします。霍去病らの独断によるロンレア領の侵攻を中止させてください」
俺は力強く言い切った。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「最近トイプードルを連れているおじさんをよく見かけるのよね」
エルマ「トイプーはペットショップで148,000円からお迎えできますから♪」
知里「ワンちゃんを商品みたいに言わないで」
エルマ「知里さんは意外と感傷的なんですよね♪」
知里「アンタらがドライなだけじゃね」
直行「まあ平成時代だと50%オフとか、ペットを値引きで売るような業者もあったな」
小夜子「昭和の時代は雑種が基本で、血統書付きの犬なんてお金持ちの家だけだったわね」
エルマ「次回の更新は4月30日を予定しています♪」




