697話・戦車の中の女帝
「うう……暑いわねえヒナちゃん」
「6人も乗ってるんだから、ガマンしてよママ」
現在、俺たちは戦車の中でぎゅうぎゅう詰めの過密状態だ。
定員3人のところに、6人がひしめきあっている。
運転席に座る俺の他に小夜子、ヒナ、エルマ、魚面、虎仮面──。
車外のミウラサキは戦車の砲身にまたがり、風の精霊と同化したレモリーは上空から敵の襲撃に備えている。
ヒナと小夜子はすぐに飛び出していけるようにハッチ付近に待機しているのだが、これが何とも微妙だ。
ちょうど俺の顔の位置に2人のお尻があって、サンドイッチ状態だった。
さらに言えば太ももから膝のあたりに魚面が座っているのだが、横向きになっているので腋と胸が当たる。
ヒナと小夜子と魚面というタイプの違う女たちのいい匂いで頭がクラクラしてくるが、未来視は最悪の状況を示していた。
蒸し風呂のような戦車が揺れるたびに生々しい感触が肌に触れるが、理性をフル稼働させて最悪な未来を打破しなければならない。
「暑くてむさ苦しくて地獄ですわ……」
虎仮面の横にある箱に座ったエルマが口を尖らせた。
虎は二メートル近い大男のため、床に丸くなっていても戦車の中で半分以上の場所を取っている。
「虎といえばさっき言った〝敵にとって都合が良すぎる状況〟だけど、まず間違いなくネオ霍去病が関与しているだろうな」
気を取り直して俺は話を切り出した。
ネオ霍去病の行方が気がかりだった。
彼はこの戦場には姿を見せなかったが、つじつまの合わない未来視や、敵にとって都合の良すぎる展開に、その能力関与しているのは間違いなさそうだ。
「過去改変能力だっけ?」
大きなお尻を震わせてヒナが尋ねた。
「自治区で私やカッちゃんが倒したはずの量産型魔王が何度も復活したやつね」
小夜子がそう言うとやはり顔のところに生々しいお尻が当たって俺の思考が乱される。
「ふしぎだけどヒナたちには記憶があるから、時間を巻き戻したりするのとは違うのね」
「起きたことを〝なかったこと〟にする。リセットやアンドゥみたいな。ただ分からない点も多い……」
俺たちはまだ霍去病の能力を完全に把握しているわけではない。
タイムリープによる過去改変なのか、行動を〝キャンセル〟させる異能なのかは定かではない。
「カコカイヘン? 俺には難しいことは分からねえが、聖龍さんと法王でさえ倒せなかったお前らを完封してる奴は相当にヤベェ」
それに虎仮面を一撃で呪い殺そうとした呪殺系魔法についても謎が残る。
〝猿〟を呪殺したのは霍去病のはずだが、あれだけの強者を呪殺できるほどの魔法能力ではないにも関わらず、呪いを成功させている点も気がかりだ。
「花火大会でエルマちゃんを蹴った男の人でしょう。そんなに強い戦士でも魔導士でもなさそうだけど」
「強さのベクトルが違うのよ。強くはないけど、きわめて厄介な相手」
俺の鼻の頭に水滴が落ちてきた。
ハッチ付近にいるヒナと小夜子のどちらかから汗が落ちてきたのだろう。
「ヒナさんと仲良しの知里さん風に言うなら〝リセマラチート野郎〟ってところですかね♪」
「エルマさん。ヒナとちーちゃんが仲良くないの知ってて言ってるでしょう」
「気のせいですわ♪ それはともかく、あたくしを蹴り飛ばした不遜なリセマラ野郎を倒す方法がありますわ♪」
「エルマさんが?」
「神経ガスを召喚してリセマラ野郎を毒殺します♪ 過去改変しようともいつ、どこで、何のダメージを受けたのか分からなければ現実なんて改変しようがありませんから♪」
エルマは得意げに言った。
確かに、きわめて致死性の高い毒ガスで範囲攻撃すれば、その攻撃を〝なかったこと〟にしても攻撃手段が見えないために毒ガスのループを逃れることは難しい。
「ただし、それだけの広い範囲に高濃度のガスをばらまくほどの魔力はあたくし一人では無理ですから、お魚先生とヒナさんにも手を貸してもらいますけどね♪」
「分かっタ」
「要するに広範囲毒殺攻撃か! まさに鬼畜令嬢のふたつ名にぴったりな非道ぶりだな!」
「……虎くんの言う通り。すさまじく残酷な戦法よね……何か他に方法はないかしら」
魚面は唇をかみしめて頷いた。
一方、ヒナは首をかしげている。
「ヒナさん。貴女も国家元首なら、危機に手段など選んではいられませんわ♪」
迷いを見せるヒナに対し、エルマは強い口調で告げた。
「あたくしたちは民の命を預かる立場。責任があります♪ 直行さんが見た〝最悪の未来〟が実現したらシン・エルマ帝国も勇者自治区も壊滅です。平和主義者も結構ですが、聖龍さまを殺しておいて今更人間一人を始末するのにビビるのですか?」
エルマは毅然としていた。
かつてヒナに負い目を感じた奴の姿はどこにもいなかった。
「ヒナは……人を殺したことなんて、ないから」
そう言って唇をかみしめたヒナから、また水滴が落ちてきた。
今度のは汗ではないだろう。
おそらくそう言った彼女も理解しているはずだ。
勇者自治区の指導者として、彼女がその手を汚さずに済んだのは、トシヒコが秘密警察を組織していたからだ。
「ヒナさんは体よくつかわれただけです♪ 末代までの汚名は直行さんが被ってくれます♪」
「──って俺かよ! まあいいけど……」
今さら俺に悪評が重ねられたところで、これ以下に下がるとも思えないし、エルマも同様だ。
「念のため未来を見ておこう」
そう言って俺は目を閉じ、意識を先の時間軸に集中させた。
〝未来視〟のコントロールは難しいものの、対象の人物をイメージすることで、その先の様子が何となく分かる。
エルマの策は当たりだ。
見えないガスに苦しむ中国鎧の男は、痙攣や麻痺を繰り返し、錯乱した挙句に絶命する。
しかしそれを〝なかった〟ことにして改変するも、何度も絶命し、同じことを繰り返す。
さすがに見るに堪えない凄惨な有様だった。
俺は〝未来視〟を取りやめ、大きく息を吐いた。
「たぶんうまくいく……でも、ヒナちゃんさんは見ない方がいい……」
俺の声は震えているのかもしれない。
心の中で何度も「これはギッドの命を守り、ロンレアと自治区の住民を守るためだ」とい言い聞かせた。
そしてもうひとつ懸念がある。
おそらくグレンはじめ〝七福人〟たちは軍を率いてロンレア領を急襲するはずだ。
これを放置すればジュダイン・バードがギッドの首で降伏してしまう。
それを阻止するためには、クロノ王国本国とも政治的に話をつけておく必要があった。
幸いなことに、かの地に潜入させたスパイのいぶきがいる。
──そこになぜか前法王のラー・スノールも一緒にいるのだが……。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話が投稿されたのは25年の桜の季節でした♪」
小夜子「このコーナーでは最後の桜になるのかしら。ミンナでお花見する?」
直行「飲み物は知里さんがワインでエルマがタピオカで小夜子さんが牛乳でいいかな?」
知里「道明寺も追加で。あんこだから白ワインと合わせる」
直行「道明寺って桜餅のことだっけ?」
知里「クレープ状の餅が巻いてあるのが関東風の桜餅。丸いのが関西風の道明寺」
エルマ「知里さんって関西人だったんですか?」
知里「そういうわけでもないけど」
小夜子「でも桜餅ってひな祭りのときに食べるものじゃなかったっけ?」
知里「う……。次回の更新は4月11日を予定しています。『激闘のマリアージュ』お楽しみに」




