6話・ラスボスを倒した後の世界で
「今から6年前。この世界に1000年も君臨していた魔王に対して討伐隊が組織されましたの」
エルマがこの世界の現状を語り始めた。
「エルマが7歳くらいの頃か?」
「ええ。年齢的に当然、あたくしは全く関わってなぞいませんが、『転生者』や『被召喚者』が中心になって、魔王領に進出したそうです」
「さっき言った〝引きニートの勇者がリーダー〟っていう……」
まあ、異世界転移ファンタジーものによくある話だな。
「……討伐隊の規模は次第に大きくなり、最後は国家間戦争規模で、討伐隊VS魔王軍の総力戦が行われました」
「最終戦争みたいな……」
「王侯貴族たちも後方支援として、前線に物資を送り続けました。水や食料はもちろん回復薬、魔晶石。そしてマナポーションも♪」
「そして人類は魔王軍に勝利した……と?」
「ええ♪」
「要するに、簡単にまとめると今のこの世界は、〝ラスボスを倒して6年後〟ということか」
「そういうことになりますわね」
「……しかし勇者って奴はなんでまた魔王を滅ぼそうと思ったのかな」
「さあ、そこまでは存じ上げませんわ」
俺は魔物を見たことがないから何とも言えないな。
空を泳いでいる巨大な聖龍様は、何を考えているのか。
人間と魔物、か……。
「もっとも、魔王討伐戦争の歴史的な評価はまだ確定していません。後世にゆだねるしかありませんわね♪」
是非はともかく、人間にとって世界が暮らしやすい場所になったってことは間違いなさそうだ。
「魔物の数も減少し、冒険者の仕事も激減していますから♪ MP回復アイテムの需要もなくなってしまいました」
「MP回復に4800ゼニルなんていちいち払えねーもんな」
「外傷と違って、魔法能力は一晩寝たら回復しますし、日常では、限界以上に魔法を使う機会も少ないわけですもの」
国家間戦争でも起これば話は別だろうが……。
「しかしアレだ、どうしてエルマの家がMP回復アイテムなんて在庫を抱えたんだよ? 冒険者ギルドみたいなところに買い取ってもらうことはできなかったのか?」
「魔王討伐隊への支援は国家事業でしたので」
「親方日の丸みたいなものか?」
「なんですの、それ?」
「国家の保護があるから、安易な経営とかするっていう皮肉だよ」
エルマの前世は理系の大学生だと言っていたか……。
さすがにオッサンでないと知らない言葉だろうな。
「国家というか、法王庁ですね。生産者である錬金術機関や魔術師ギルドに対価を払わないといけないというので、法王猊下の肝いりで、有力貴族がまとめて買い上げる慈善事業をすることになったんですけどねぇ」
「法王? 教皇じゃなくて?」
「聖龍法王庁は、法王です」
〝教皇〟ではなく、〝法王〟という文字のイメージが頭に広がる。
あの空を泳いでる聖龍の飼い主か?
「第67代法王・ラー・スノール猊下です♪ 若干20歳ですが、眉目秀麗、超イケメンですし、才気煥発、相当なカリスマですよ」
「どんなところが?」
「無理のない形で貴族に金銭を負担させつつ、持ち前のカリスマ性で不満を抑え込む一方、金に汚い錬金術師たちにエサをやって教会との良好な関係を築く政治力とか……」
よくわからんが、要するに「カリスマと政治力を持った若きイケメン法王スゲー」って話か……。
「しかし錬金術師や魔術師って、あまり金にうるさそうなイメージはないけど……」
「とんでもない! 研究にはお金がかかりますから、金銭面にシビアな術師は多いですわ。それに今の時代、貴族の政治力よりも魔術師の技術力の方が社会的な影響力は大きいですから」
有能イケメン法王もケチな錬金術師も、聞いただけじゃよく分からないが。
異世界といえど、メンドクサイ事情ばかりなんだな。
それにしても……。
ひとつ気になることがある。
「……で、どうしてお前のところが大量の在庫を抱え込んだんだ?」
「お父様は法王猊下に良いところを見せようと無理をしました。受け持ちの3倍以上の600箱を購入したのです」
高貴なるものの義務ってやつか。
あるいは単なる見栄か意地か。
「お父様は単純に法王猊下のファンなんです。猊下に取り入る算段とか、そういうのではなく」
ファンって……。推し法王?
「借金してまで引き受ける価値があるのか? それでお家が傾いたら、元も子もないだろうに……」
「……ええ。現に借金の返済期限が迫っています」
ダメじゃん親。
「……そういや家具に『差し押さえ』の札が貼ってあったな」
「あれは借金の担保の術札です。期限までにお金が返せなかったら、売り払われてしまいます。術がかけられているので、いま質入れしたりすると即効でバレてしまいますの……」
いつも他人事のように話していて、どこかふざけた口調だったエルマが、急に神妙な顔つきになった。




