695話・縁(えにし)の糸をたぐり寄せて
今回は三人称にてお送りします。
後にネオ霍去病と名乗る、名前のない少年は、汚濁の中に生まれた。
しかし彼が生まれ持った特異な能力『宿命通』は、人や場所の過去を見通すことができる。
常に命を脅かされる極限状態が、さらにその能力を覚醒させた。
過去改変、起こった現象をなかったことにし、最善の状況に書き換えが可能となった。
──この力を使って、少しでもマシな状況をつかみ取る。
彼は心に誓い、過去にあった可能性の中から最善の道を選び取り、現在を変えていった。
しかし最下層に生まれた環境では、つかみ取れる〝マシな状況〟も、たかが知れていた。
彼が手に入れられるのは、殴られない一日と、腹を壊さないで食べられる食物くらいなものだった。
どれほど最善を選んだところで、文字を読むことも学ぶ機会さえ得られなかった。
それどころかこの世に文字があることにさえ気がつけなかった。
それでも少年は諦めなかった。
過去改変には人と人との縁に起因する必要がある。
知っている者同士でなければたどれない。
母親が元貴族階級であったために、彼女の意識に介入し、過去を改変していけば最善の現在を選び取ることができる。
しかし、それには極めつきのリスクがつきまとった。
霍去病の母親を改変していくと、彼は存在しなくなる。
貧民窟の奴隷の子として生まれた彼には父親が誰かも分からない。
母親の記憶を辿ったところで、吐き気がするような情交ばかりが延々くり返されるばかりの日々。
この中から父親を特定していったところで、状況は変わらない。
母親に起きた厄災を回避するためには、傷だらけの女ヒルコから受け取った円盤を家族に見られてはならなかった。
ただ、この改変を行うと、自分が生まれる未来も消滅してしまう。
彼が母親の過去意識に介入した中で、ほとんど本能的に選び取った最善の未来──。
その手につかんだのはふしぎな円盤だった。
少年はそれが何か知るよしもなかったが、とてつもなく心を引かれるものがあった。
彼の『宿命通』は、この円盤の過去に同調することで、この術具の正体を知った。
人間のアカシックレコードと呼ばれる術具だった。
本来、異界から人を召喚するために必要な魔法の品で、過去現在未来に存在したあらゆる人間の魂を探知し、縁を結べるという。
霍去病はこの術具を使い、たとえ父親が誰であろうとも生まれてくる者は「現在の自分」になるように基点を定めた。
こうして彼は自我と記憶を留めたまま、何度となく母親の過去改変を繰り返した。
もしもあのとき、こうしていれば……。
因果の糸をたどり、最善の縁をたぐり寄せる。
その当時、魔王の脅威はすさまじく、人々を恐怖のどん底へと落とし込んでいた。
一方、人間界でも苛烈な法王の世で、転生者たちが容赦なく奴隷に落とされていく時代──。
上流社会であっても例外は許されずに、貴族たちは疑心暗鬼となり、萎縮していた。
そんな状況下にもかかわらず、彼は母親の過去意識を操り、華やかな世界へと導いていく。
彼女は社交界の花形となり、クロノ王国先代国王の寵愛を受けた。
名前のない少年は母親の意識に同調するうちに上流社会の教養を身につけた。
さらには魔道士の家系であったために、母親を通じて知らぬ間に文字の読み書きや魔術を習得することができた。
また、母親の親族の過去を探るうちに知ったのが、後に転生者疑惑をかけられ、追放される魔術師ギルドの長だった。
この男と母親は前世で因縁があったようで、二人の間から自分が生まれる現実も存在した。
しかしこの世情で両親がともに転生者であることのリスクは大きすぎる。
少年は母親と、この男との出会いを〝なかったこと〟にした。
彼はその後、暗殺者集団〝鵺〟の猿を襲名する。
自身と母親も含め、数え切れないほどの過去を改変し、自身にとって都合のいい世界を作る。
先代国王の落胤として生まれ直した彼は、貴族社会で何不自由のない幼少期を過ごした。
しかし、何度となく過去を作り替えて現実をゆがめてきた彼にとっては、何の感慨もわかない平穏な日々であった。
ところが、そんな彼の予想だにしない二つの事件が起きた。
一つは母親が前世の記憶を取り戻し、発狂したこと。
元々彼自身も意識に入り込み、過去を改変し続けたていた負担はあまりにも大きかった。
それに加え、前世の記憶を取り戻したことにより、もう一人分の記憶が介入したことにより、彼女は壊れた。
少年は過去を当然のように過去を改変しようとしたが、異世界人の記憶には介入することはできなかった。
これがキッカケとなり、母親を通じての過去改変は不可能となった。
この状況を、どうすることもできなかった。
「お母さん……僕を、許してください……」
追い詰められた少年もまた、錯乱していた。
転生者の存在が知られると、また振り出しにもどってしまう。
遠い記憶の中にある汚濁の日々に再び帰ることは絶対にあってはならなかった。
彼は母親を殺めた。
何度もくり返し、最善の現在を目指すために共に意識を共有してきた彼女を失うことは、半身を引きちぎられるほどの痛みを感じた。
貧民窟の中で、なぜ自分を生んだのか、彼がそれを知る機会は失われてしまった。
ただ、あれよりはマシな結末だと、少年は自分に言い聞かせるよりなかった。
それからほどなくして、勇者トシヒコ一行による魔王討伐の一報がもたらされた。
次回予告
※本編とは全く関係ありません
エルマ「いよいよ『春のパン祭り』の季節が盛り上がってきましたわ♩」
知里「日本三大祭りのひとつ。25年のお皿はちょっと深めなのでシチュー皿にもよさそうね」
小夜子「すっごく丈夫なので重宝するよね! このコーナーで紹介するのも何度目かしら!」
直行「シール窃盗問題や紅海の武装勢力などの影響もありながら、白い皿を積み上げてきたのだな」
知里「次回の更新は3月28日を予定しています。お楽しみに」




