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694話・~ネオ霍去病~可能性の海の中で

今回は三人称でお送りします。

 ネオ霍去病が生まれたのはクロノ王都(現・旧王都)のスラム街にあるうらぶれた娼館だった。


 現在は再開発で跡形もなくなった旧王都の掃き溜めは、当時から見捨てられた区画──。

 夢破れた冒険者さえ寄りつかない薄汚れた貧民窟で、彼は産声を上げた。

 霍去病の母親は最下層の奴隷にまで落とされ、流行り病にかかっていた。

 父親が誰だったのか、名乗り出る者もおらず、親子はそのまま打ち捨てられた。


 本来であれば母子ともに命尽きる運命だったかもしれない。

 しかし彼らは生き延びた。


 これは霍去病が生まれ持った天佑、六神通(ろくじんづう)の『宿命通(しゅくみょうつう)』を持っていたことに起因する。


 彼はいっさいの過去を見通すことができるという特殊能力を無意識のうちに覚醒させていた。

 過去に起こりえたことを改変して最善の現在へと書き換える、過去改変の能力──。


 赤子だった彼は、無意識のうちに母子の生存ルートへと過去を書き換えていった。 


 しかし糞尿の臭気がひどい部屋で客を取る母親が、どのような思いで彼を育てたのかは、知るよしもなかった。


 劣悪な環境下にもかかわらず、彼女は赤子をキャビネットに隠し、乳を与えた。

 その後は成長に伴い、客に差し入れられた食べ物の分け前などで母子ともに生きながらえた。


 しかし彼の記憶には名前をつけられた覚えはなく、単に「お前」や「あの子」と呼ばれていた。


 客がいるときに泣き声を上げることは許されなかった。

 そうするとキャビネットを開けられ、母や客から激しい暴行を加えられた。


 あやうく死にそうになると生存本能のままに『宿命通』を発動させ、暴行されなかった過去に書き換える。


 このような運命が一変したのは、霍去病が五歳の頃だった。

 ある夏の日、腐りかけた食べ物に当たって死にかけた母子。

 いつものように霍去病は混濁する意識の中で『宿命通』を発現させ、過去を書き換えて生き延びようとした。


「──何だ、これは!!」


 ところが、過去の記憶を改変する際に、母親の記憶を垣間見てしまった。


「──お嬢様。綺麗でございましょう?」


 彼女は貧民窟の奴隷になる以前、クロノ王国の貴族の息女として何不自由のない暮らしをしていた。


 ただ、スラムの娼館での生活しか知らない当時の霍去病にとっては、広い屋敷もきらびやかな服飾品にもそれが何を意味するものか理解はできなかった。


(何もかも違う。何だ、この臭いは)

 

 血液や糞尿や生々しい体液が腐ったような臭いしか知らない霍去病にとって、それはあまりにも鮮烈な体験だった。


 一命をとりとめた母と子は、夢から覚めたように再び貧民窟での生活に戻ったが、霍去病は過去を改変して生き延びる一方、ほとんど唯一の娯楽のように母親の記憶を辿っていった。


 母親の過去を追体験しているうちに、皮肉にも彼は外の世界を知った。

 貴族が支配階級であることや、豪華な生活や花の匂い、食事がただ生存のためではなく、娯楽でもあることに。

 それは同時に、現在の境遇があまりにもひどいものだと気づかされる原因にもなった。


(何なんだ、この世界は──)


 何不自由なく育てられた母親の生活が一変したのは、彼女が13歳のときのことだ。


「これをお持ちなさい。前世には会いたい人もおりましょう」 


 雨の中あらわれた体中傷だらけの女が、円盤と宝石のようなものを手渡し、言った。

 少女だった彼の母親は理解できずに首をかしげていた様子だった。


 しかし、その手の中にあった円盤と宝石のような物を父親に手渡したとき、運命は大きく動いた。


「娘がヒルコに渡された」


「ああ、聖龍さま。どうか罪深き娘の魂をお清めください」


「まさか──が転生者だと? 何ということだ! 何という……!」


 母親の父だと思われる貴族が、天を仰いで泣き叫び、狂ったように部屋の調度品を叩き壊していた。

 従者たちのすすり泣く声と、氷のような目で娘を見る貴婦人の姿が目に入った。


 霍去病には知るよしもなかったが、当時は法王の苛烈な治世下にあり、異界人に連なる者はことごとく排斥されていた時代だった。


 転生者を生んだ貴族の家は、その者を法王庁に差し出さなければ容赦なく爵位を取り消されていた。

 それ以前には多額の金銭を寄進すれば「免罪符」が得られ、転生者は黙認されていたが、異界人排斥の強硬派である前法王によってこの制度は取り消され、転生者たちは例外なく処断された。


 異界からの転生者だった彼女は、前世の記憶を取り戻す前ではあったものの、13歳になった転生者に特殊な魔法の品を渡す傷だらけの女ヒルコの存在が決定打となってしまった。


 一般的にヒルコの存在は知られてはいないが、母方の生家は禁忌や魔術にも造詣が深い貴族の家柄だったことが災いしてしまった。


 それが決定打となり、母親の人生は坂道を転がりつづけるように災厄の中に沈んでいった。


 飢餓と貧困と汚濁の中で育った彼は、自身の過去を改変させつつ生き延びてきた。 


「もしもあのとき、円盤と宝石を父親に見せていなかったのなら──」


 後にネオ霍去病と名乗ることになる名前のない少年は、母親の過去に介入し、過去を改変することを試みた。


 挿絵(By みてみん)


 それによって自身の存在が変容してしまうことなど、知るよしもなかった。 

次回予告

※本編とは全く関係ありません。


エルマ「このお話がアップロードされた前日、3月13日は里見の日でしたわね♩」


小夜子「3・10・3(さとみ)の語呂合わせわせてで24年から記念日に制定されたみたいね!」


直行「城山公園の館山城が八犬伝をイメージした8色のグラデーションカラーに染まるイベントもあるらしいな」


エルマ「安房里見氏の拠点だった館山市は『里見のまちづくり』と称してキャンペーンを大々的にやってくれているようですわね♩ 館山藩は2000石だったし、江戸初期に改易させられたのに義理堅いですわね♩」


知里「まあ今日はホワイトデーなんだけどね」


直行「次回の更新は3月20日を予定しています。『サトミの国つくり』お楽しみに」

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