692話・熔ける時空
「レモリー、風の精霊術でヒナちゃんさんたちに声をかけてくれ! これから合流すると!」
俺は通信機で上空のレモリーに指示を出した。
戦車は砂煙を立てながら、混乱する敵陣を目指して爆走中。
後方ではミウラサキとグレン氏が一騎打ち。
前方ではヒナと小夜子が背中合わせになって襲いかかってくる男たちをいなしていた。
ただ、やりにくそうだった。
血走った目で2人を取り囲むように乱痴気騒ぎをしている兵たち。
最強クラスの賢者と女戦士といえども誰も傷つけないでは突破できないようだった。
彼女たちは、現代人として人の命を奪わないことを信条にしている。
それは二人が圧倒的な強さを持っているからだ。
対して俺は、もはやそこまでの博愛精神は持っていない。
『未来視』を得てからは特にそうで、親しい者を失うかの二択であれば、容赦なく敵の命を奪う。
俺が弱い以上は、覚悟を決めなければいけない。
興奮のるつぼと化した場に、戦車を乗り入れる。
一応、上空のレモリーに警告の光弾を撃たせてはいるが、兵士たちを轢き殺してしまうリスクを俺は引き受けなければならない。
「敵兵に告ぐ! 寄るな! 待避しろ!」
拡声器でそう叫びながら、敵陣に戦車を走らせる。
幸いというか、『未来視』では飛び込んでくる気配はない。
現実の世界でも、現在のところ人を轢いたような感触はない。
しかし、理性を失った人が飛び出してきても、俺は戦車を止めないつもりでいる。
「ヒナちゃんさん! 小夜子さん! 乗って!」
二人の姿が近づいてきたので、俺は声を張り上げた。
背中合わせで男たちの突進をかわし続けてきたヒナと小夜子が戦車に向かって大ジャンプをしてきた。
けっこう重い衝撃音と共に戦車に乗った二人。
俺は戦車を後退させて兵たちと距離を取ると、ロンレア領の方向に旋回して発進させようとした。
しかし、車が動かない。
俺の思考に、稲妻のような光が走った。
「小夜子さん! 外を頼む! ヒナちゃんさんは車内に来て!」
説明している時間がないので、ただそう言うしかなかった。
「行かせるかよ!」
戦車の影からあらわれたグンダリが、その怪力で車をひっくり返そうとつかみかかった。
「なるほど! そういうことね!」
飛び出した小夜子が、グンダリの両手を空手チョップで弾き飛ばしたかと思うと背後に回って腰をクラッチし、プロレスのジャーマンスープレックスのような格好で投げ飛ばした。
さらに車内にはもうひとつの影──。
「死を与えよう」
「おあいにく様!」
ソロモンが放った呪殺魔法を、ハッチから飛び込んできたヒナが強制解呪。
さらには強制転移魔法で彼を戦車の外に弾き飛ばした。
危うく戦車をひっくり返されたあげくに呪殺魔法という合わせ技を回避することができた。
「ありがとう! ヒナちゃんさん、小夜子さん! 助かった!」
俺はアクセルを全開にして走り去りながら、親指を立てて二人をねぎらった。
あまりにも早い攻防に、俺の『未来視』も追いつかなかった。
この能力のコントロールはかなり難しいものの、心を整えることで制御はできそうだ。
グンダリとソロモンのさらなる追撃を、上空からレモリーが迎撃する。
そこにグレンとの戦闘を振り切ったミウラサキが合流し、戦車の上に立つ。
これでようやく勝敗は決した……と、思われたが、まだ油断はできない状況だ。
「ミウラサキ君、グレン氏は?」
「プイッといなくなっちゃったよ」
そう言ってミウラサキは肩をすくめた。
グレン氏の動向は気になるものの、いまは帰還が最優先課題だ。
「直行くん。これからどうする? ヒナは自治区の様子が気になるんだけど。エルマさん、ちょっと失礼」
ヒナはハッチのエルマのわきをすり抜け、戦車に乗り込んだ。
そして俺が座る操縦席の隣に腰を下ろした。
「………ちっ、ですわ」
エルマが苦々しい顔ではしごを握りしめた。
ただでさえ狭い車内に犬猿の仲、というか一方的にヒナを敵視している奴にとっては面白くない状況なのだろう。
外に出たいだろうが、戦車の上は虎仮面と小夜子がすでにおり、車内も俺とヒナと魚面でぎゅうぎゅう詰めなので身の置き場がないのだろう。
「ヒナちゃんさん。俺はさっき敵将から『未来視』を奪ったんだけど、勇者自治区の未来も見てみようか」
「スキル結晶を頭に移植したの? 無茶なことするわね」
ヒナはあきれたように笑い、念のために浄化魔法で消毒してくれた。
敵の目玉を引っこ抜いて移植したのだから、当然感染症などのリスクはある。
「ありがとうヒナちゃんさん。じゃあ勇者自治区の未来を見るから運転を代わってくれ」
俺は戦車の操縦をヒナと交代し、その場に腰を下ろして瞑想をはじめた。
稼げないアフィリエイターだった俺が、予言者のまねごとなんて奇妙な因果もあったものだ。
そんなことを思いながら、ゆっくりと目を閉じる。
『未来視』のスキル結晶を頭に移植したことで、未来の情景を、より臨場感高く感じることができる。
視界に限定されていない分だけ、離れた場所の未来予測も可能だと自分に言い聞かせながら念じる。
俺は、勇者自治区の未来を頭に思い浮かべた。
しかしそこにあるはずの街並みは消し飛んでいた。
赤黒い空に稲光が走っていた。
無数の隕石が降り注ぎ、干上がった湖にクレーターができている。
勇者自治区はサナ・リーベンスの空爆を受け、サンドリヨン城は焼失したものの、壊滅は免れたはずなのに、俺の『未来視』ではそこにあるはずの街が消え失せていた。
何が起きてそうなったのか、何時間後の未来なのか、さっき見た万単位の量産型魔王の仕業なのか、イメージがつながらず、言葉が出てこない。
「直行くん? 大丈夫? 何が見えたの?」
ヒナが俺の顔をのぞき込む。
全身から嫌な汗が流れて、口の中がカラカラに乾いていた。
伝えなければいけないのに、言葉が出てこない。
そんな俺に追い打ちをかけるような映像が浮かんだ。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
直行「いわゆる引き寄せ系の自己啓発書? 『タフティ・ザ・プリーステス』という本が流行ってるみたいだな」
小夜子「時空オカルト研究会としては要チェックよね! うーんナニナニ『頭の後ろの三つ編みを持ち上げて現実を書き換える』なにそれ?」
エルマ「表紙が赤い顔の知里さんみたいなんですよね♪」
知里「どういう意味よ! アレは何千年か前のエジプトの巫女って設定」
直行「著者の前作『トランサーフィン』は絶版なんだけど価格が高騰していて中古価格が79,800円だってさ」
エルマ「直行さん投機目的で何冊か買っておきましょうか?」
直行「次回の更新は3月7日を予定しています。『願望実現の罠』お楽しみに」




