691話・謎のお留守番
影の中からあらわれた長髪の男は、戦車にくくりつけた敵将グンダリの戒めを解いた。
煙幕を張っていたことが裏目に出たのか、長髪の男が接近することを見落としてしまった。
「いいえ。させません!」
レモリーが上空から光弾の雨を降らせるものの、長髪の男が影を刃のように伸ばしてはじき返す。
あの男は影魔法の使い手だ。何かの影に潜伏したり、影を実体化させて武器にも防具にも使える。
「〝恥知らず〟の奴、俺の『未来視』を奪いやがった」
不意に、俺の頭の中に声が響き、影の中を走る敵将の姿が見えた。
これは『未来視』が発動して見せたイメージだ。
しかし影の中を移動されたら、打つ手がない。二人には逃げられるということだ。
未来にばかり気を取られてもいられない。
いま、ミウラサキが炎をまとった骸骨騎馬兵と交戦中。
そしてグレンは戦車と並走して特攻をかけてきている。
「もしもーし! こんにちはー! この戦車の中に、恥知らずが乗ってるなー。もしもーし! 討ち漏らさねぇように、しねえとなー!」
グレンは軽口を叩きながら、曲芸のように剣を振り回している。
それと共に突風のような強い風が巻き起こり、みるみる煙幕が晴れていく。
おそらく魔法剣の一種か何かだと思われるが、魔法の使えない俺にはそれ以上は分からない。
ただ、煙幕が晴れたことで、敵の状況も分かるようにはなった。
彼と並んだ骸骨の馬には、先ほど逃げた敵将二人が乗っている。
グレンは手放しで騎馬を駆り、片手に炎をまとった剣を、もう片方の手でゼリー状の物体を握っている。
未来視など使わなくても、現代人なら見ただけでヤバさが伝わる攻撃方法をやるつもりだ。
ナパーム弾的なモノを、この戦車の中に投げ込むのだろう。
上空にはレモリーが風の精霊と同化して旋回しているけれど、おそらく彼女にはナパーム弾の脅威は理解できないだろう。だからどうしても一手遅れる。
俺は通信機に手をかけた。
「レモリー、グレン氏が左手に持っているスライム状の物体を破壊」
戦車の爆音に紛れて、俺は声を届けた。
間髪を入れず、上空からの光弾がグレン氏の左手を撃ち抜き、掌もろともナパーム弾を破壊した。
それにしても、幸い、というかグレン氏は攻撃の手を止めて戦車の上部を見ていたので、助かった。
「んんー? もしかして、ひょっとすると、そのおチビちゃんは皇帝陛下か?」
左手首から先を吹き飛ばされたにもかかわらず、顔色一つ変えずにグレン氏の視線は動かない。
彼の視線の先は戦車の上部だが、俺が座る操縦席からでは分からない。
しかし視線を横にずらすと、戦車のハッチから顔を出しているエルマが見えた。
「バカ、顔を出すな」
「バカとは何ですか♩ そっちは小窓がありますけど、ここからだと何も見えないんですからね♩ マスクしてますし、誰か分かりませんわよ♩」
エルマは緊張感もなく言った。
「ソロモン! ただちに量産型魔王を出撃させ、ロンレア領を空爆しろ! 次いで全軍をぶち込んで占領しちまえ! モグラみてぇに隠れてる住民に降伏勧告だ! 鬼畜女帝と恥知らずは討ち取ったと伝えろ!」
グレン氏は大声を張り上げて並走している長髪の敵将に指示を出した。
「させないよ!」
そこに、ミウラサキが飛び出してきた。炎の骸骨騎士を討ち取ったのか、少しレーシングスーツが焦げていた。
「カレン坊やは引っ込んでな! 行け! ソロモン」
グレン氏は右手で剣を振るい、ミウラサキを止めた。
両者の剣と槍が、すさまじい速度で火花を散らした。
その隙にグンダリとソロモンを乗せた骸骨の馬は走り去る。
「魚面! 虎! 奴らを逃がすな!」
すでに上空からレモリーは二人を攻撃しているが、影を操るソロモンの守りは堅い。
魚面と虎仮面が魔法を撃ち込んだところで、みるみる距離が離されていく。
ロンレアの最高責任者の二人がそろって敵陣深くに切り込んでいるなどという状況は、敵にとってはラッキー以外の何物でもない。
エルマが本物であるかどうかもさほど問題ではない。
ここで俺たちを討ち取り、敵の指導者を捕らえたと宣伝すればロンレア領の征服は可能だ。
「……うかつすぎるぞ」
決してエルマだけを責めたわけではない。
この状況が予測できなかったわけではなかった。
「問題ありませんわ♩ あたくしのロンレア領には♩ とっておきのお留守番を置いておきましたから♩」
不意にエルマが得意げに言った。
「とっておきの留守番……だと?」
「口止めされてるから直行さんにも言えませんけどねー♩」
俺にはエルフの射手スフィス、もしくはエルマが救出したというエルフの女王以下エルフ族くらいしか思い当たらないが、彼らがとっておきの留守番とは考えにくい。
他に考えられる線と言えば知里くらいだけど、新たなる聖龍を生み出している彼女がどこにいるかも分からないし、俺に口止めをするというのもありえない話だ。
「でもまあ♩ お留守番を使うまでもありませんわ♩ いまの敵の本隊では、わが領土を征服するなんて、とてもじゃないですけど無理♩ 無理無理じゃないですかね♩」
双眼鏡を片手に、エルマは小躍りしながら言った。
奴の視線の先は本陣。俺も操縦席からのスコープでその様子を探ってみる。
エルマの催淫剤に脳を焼かれた兵たちは、鎧を脱ぎ捨ててヒナと小夜子に群がったものの、取り逃がしてその場に置かれていた。
興奮が収まらない彼らは、その場で乱痴気騒ぎを始めてしまっている。
兵たちでレスリングをしたり、兵舎から酒を持ち出して宴席をはじめたりと、収束がつかないような有様となっていた。
そこにグンダリとソロモンを乗せた騎馬が駆け寄っていったが、統制どころではないだろう。
「レモリーは引き続きグレン氏の動向に最大限の警戒! 俺たちはこのままヒナちゃんさんたちを回収する!」
とにかく、最優先課題はヒナと小夜子と合流してロンレア領に帰還することだ。
俺は戦車を走らせながら、収拾のつかなくなった戦場を後にしようと試みた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話がアップロードされた次の日は2月22日♩ ねこの日ですわ♩」
小夜子「知里って猫飼ってそうね」
知里「猫は好きだけど飼えなかったんだ。兄が猛反対してさ」
直行「お兄さん猫アレルギーか何か?」
知里「知らないけど、本に毛が落ちるしフィギュアとか倒すからダメだって」
小夜子「いまは一人暮らしなんだから飼えばいいじゃん」
知里「いつ死ぬか分からない冒険者家業だから無理ね」
エルマ「しんみりしたところで♩ 次回の更新は2月28日を予定していますわ♩ お楽しみに♩」




