表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
691/733

687話・屍兵たちの事情

今回は三人称でお送りします。

 グレン・メルトエヴァレンスによる特殊火計──。

 不定形モンスターを増粘剤に見立てて、ナパームのような延焼効果を発現する。

 それは現代文明と魔法文明を融合させた複合技術だった。


 その威力はすさまじく、消えない炎が何日にもわたって周囲を焼き尽くす。

 かつて魔王領でいくつもの拠点を消し炭にし、魔物達を殲滅してきた。

 ヒナはその凄惨な状況を思い出し、唇をかみしめた。


「団長、どうして……」


 ヒナの心は激しく揺れていた。

 不死者になってまで蘇った理由も知らされず、敵将としてあらわれたグレンに捕らわれ、磔にされている。

 共に戦い抜いた仲間から、なぜこのような仕打ちをされるのか、まったく理解できなかった。

 なぜ、と何度も呼びかけるもグレンは聞く耳を持たず、自身の縛められた四肢は強く固定され、逃れることもできない。


「ヒナ嬢を敵から見える位置にさらせ!」


 磔にされた状態で、騎士達数名に神輿のように担がれ、さらし者にされようとしていた。

 勇者自治区の実質上のトップが、肌もあらわな状態で磔にされ、見世物のように掲げ上げられている。


 血気盛んな兵達はヒナの均整の取れた肉体に息をのんだ。


「悪く思うなよ、ヒナ嬢。辱めるつもりはないが、これは戦だ。恥知らずを出し抜き、小夜子とカレムを翻弄するにはこうするしかねえんだ」


 グレンは少し気の毒そうに眉をひそめた。


「お気になさらず、団長。ヒナだってショービジネスの世界でずっとやってきた。見世物にされたところで上等よ」


 ヒナは気丈に笑ってみせた。ほんの少しだけではあるものの、グレンの心が垣間見えたようで安堵したのかも知れないと思った。


「…………」


 一方、ソロモンは困惑の中にいた。

 ナパームについては想像することしかできないものの、禁忌も畏れぬ魔術師として興味を引かれる。

 しかし同胞のグンダリのことが、気にかかっていた。


 作戦は逐次進行中だ。

 女賢者ヒナをさらし者にし、裸の女狂戦士とドン・パッティ商会の御曹司の注意を向ける。

 グレンは召喚した骸骨騎士団を率いて丘の上に突撃、とみせかけた陽動を行う。

 二重の派手な展開の裏で取り囲んだ魔導部隊が周囲から火を放つ。


 発案者のグレン・メルトエヴァレンスが巻き込まれることも辞さない決死の作戦だ。

 

 ソロモンは丘の上に置かれた桃色の戦車を睨み、空になった両手の拳を握りしめ、グンダリを思う。

 

 ──討ち死にをした形跡もなく、逃れたようにも見えない。捕らえられていると考えるのが自然だ。


 決して親しい友とは言えなかったが、七福人として汚れ仕事を重ねてきた男の安否は、気がかりだった。


 そんな状況下で、丘の上に異変があった。

 戦車の上に、ヒナと同様に磔にされた半裸の男の姿があった。


「グンダリ!」


 案じていた矢先に見た同僚の姿に、ソロモンは思わず声を上げ、兵らをかき分けて身を乗り出した。

 ここからでは詳細は不明だが、生きてはいる様子だ。


「敵の精霊使いが捕虜の交換を提案してきました。〝恥知らず〟の声を伝えます」


 丘を取り囲む魔導部隊の副将が、風の精霊術で声を伝えてきた。

 

「えー、あー、クロノ王国〝七福人〟グンダリ・アバター将軍と勇者自治区ヒナ前執政官の捕虜交換を提案するが、如何なものか?」


 それはソロモンにとって、願ってもない提案であった。

 ただちにグレンの元に赴き、問うた。


「〝恥知らず〟はそんなことを言っているが、どうする?」


「は? 無視だ無視。そもそも釣り合わねえだろ。むさくるしい野郎と魔王討伐の功労者で聖龍殺しの大罪人、俺たち全員がガン首差し出したって釣り銭にもなりゃしねぇ」


 グレンの態度は素っ気ないものだった。

 まるで何も聞かなかったように、骸骨騎馬隊の陣形を整えて突撃準備を進めていた。

 

 その前に立ち塞がり、ソロモンは行く手を阻んだ

 自身でも思いもしなかった行動だと、動いた後で思った。


「捕虜の交換に応じるふりをして、どうにかできないか?」


「何をだ? あんなの〝恥知らず〟の罠に決まってるだろう」


 グレンは骸骨馬を常歩させてソロモンを避けていった。


「どうにかできまいか。グンダリの奴とは泥をかぶり続けた同志なのだ……」


 ソロモンはなおも食い下がり、哀願するようにグレンを見上げた。

 死霊使いが、自ら作成した屍兵に対して行うことではなかったが、彼はなりふり構っていられなかった。


挿絵(By みてみん)


 その様子に、グレンは馬を止めて告げた。


「……いいか、ゾンビの俺が言うことじゃねぇが、七福人ってのは後ろめたい出自のキワモノ集団だ。ガルガ国王亡きいま、遅かれ早かれ処分される捨て駒よ……」


「……だから何を犠牲にしても、恥知らずを討ち取らなければ、か……」


 ソロモンはさらに強く拳を握りしめて唇をかみしめた。


「仮に〝恥知らず〟を討ち取ったところで、適当に罪を着せられて誅殺される。『狡兎死して走狗烹らる』ってな。向こうの世界の諺だ」


 その言葉にふと、ソロモンの脳裏にネオ霍去病の姿が浮かんだ。

 名目上の総大将である彼の姿がないことが、少し気になった。


 しかし今はそんなことよりも同胞グンダリの助命が優先事項だ。


「…………そう、だとしても」


 骸骨馬の前に立ち塞がるソロモンは、大きく両腕を広げて強く唇をかみしめた。

 顔の下半分を覆うマスクに隠されていたが、そこからは血がにじんでいた。


「男が泣くなみっともねえ。分かったよ仕方ねえ。グンダリの野郎を生かして恥知らずだけを葬る策に変更する」


 グレンは面倒くさそうにつぶやいくと、軽やかな身のこなしで下馬した。

 そしてソロモンに近づくと、耳元でそっとつぶやいた。


「ただし、ひとつ条件がある……」


 グレンが耳打ちした内容は、ソロモンにとって思いもしない、まったくの想定外のことであった。

次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


知里「旧約聖書で禁断の果実ってあるじゃん。あれって一般的にはリンゴだけどさ、中東でリンゴって実らないんじゃね?」


小夜子「リンゴと言えば青森とか寒い地方が有名だもんね!」


直行「ラテン語で『善悪の知識の木』の誤読だとも言われてるけどな」


エルマ「ミケランジェロの絵にはイチジクが描かれていますわ♩」


知里「ま、禁断の果実が何だろうと、あたしたちにはあんま関係ないんだけどね」


エルマ「次回の更新は1月31日を予定していますわ♩ 『金曜日のたわわ♩』次回も実らせますわ♩ お楽しみに♩」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 また余計な話になりますが、グレン団長のセリフに「狡兎死して走狗烹らる、ってな」を入れてみてはいかがでしょうか。霍去病より後の時代の言葉ですが。  技術と経験を生かして叩くグレン団長はカッコイイです。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ