687話・屍兵たちの事情
今回は三人称でお送りします。
グレン・メルトエヴァレンスによる特殊火計──。
不定形モンスターを増粘剤に見立てて、ナパームのような延焼効果を発現する。
それは現代文明と魔法文明を融合させた複合技術だった。
その威力はすさまじく、消えない炎が何日にもわたって周囲を焼き尽くす。
かつて魔王領でいくつもの拠点を消し炭にし、魔物達を殲滅してきた。
ヒナはその凄惨な状況を思い出し、唇をかみしめた。
「団長、どうして……」
ヒナの心は激しく揺れていた。
不死者になってまで蘇った理由も知らされず、敵将としてあらわれたグレンに捕らわれ、磔にされている。
共に戦い抜いた仲間から、なぜこのような仕打ちをされるのか、まったく理解できなかった。
なぜ、と何度も呼びかけるもグレンは聞く耳を持たず、自身の縛められた四肢は強く固定され、逃れることもできない。
「ヒナ嬢を敵から見える位置にさらせ!」
磔にされた状態で、騎士達数名に神輿のように担がれ、さらし者にされようとしていた。
勇者自治区の実質上のトップが、肌もあらわな状態で磔にされ、見世物のように掲げ上げられている。
血気盛んな兵達はヒナの均整の取れた肉体に息をのんだ。
「悪く思うなよ、ヒナ嬢。辱めるつもりはないが、これは戦だ。恥知らずを出し抜き、小夜子とカレムを翻弄するにはこうするしかねえんだ」
グレンは少し気の毒そうに眉をひそめた。
「お気になさらず、団長。ヒナだってショービジネスの世界でずっとやってきた。見世物にされたところで上等よ」
ヒナは気丈に笑ってみせた。ほんの少しだけではあるものの、グレンの心が垣間見えたようで安堵したのかも知れないと思った。
「…………」
一方、ソロモンは困惑の中にいた。
ナパームについては想像することしかできないものの、禁忌も畏れぬ魔術師として興味を引かれる。
しかし同胞のグンダリのことが、気にかかっていた。
作戦は逐次進行中だ。
女賢者ヒナをさらし者にし、裸の女狂戦士とドン・パッティ商会の御曹司の注意を向ける。
グレンは召喚した骸骨騎士団を率いて丘の上に突撃、とみせかけた陽動を行う。
二重の派手な展開の裏で取り囲んだ魔導部隊が周囲から火を放つ。
発案者のグレン・メルトエヴァレンスが巻き込まれることも辞さない決死の作戦だ。
ソロモンは丘の上に置かれた桃色の戦車を睨み、空になった両手の拳を握りしめ、グンダリを思う。
──討ち死にをした形跡もなく、逃れたようにも見えない。捕らえられていると考えるのが自然だ。
決して親しい友とは言えなかったが、七福人として汚れ仕事を重ねてきた男の安否は、気がかりだった。
そんな状況下で、丘の上に異変があった。
戦車の上に、ヒナと同様に磔にされた半裸の男の姿があった。
「グンダリ!」
案じていた矢先に見た同僚の姿に、ソロモンは思わず声を上げ、兵らをかき分けて身を乗り出した。
ここからでは詳細は不明だが、生きてはいる様子だ。
「敵の精霊使いが捕虜の交換を提案してきました。〝恥知らず〟の声を伝えます」
丘を取り囲む魔導部隊の副将が、風の精霊術で声を伝えてきた。
「えー、あー、クロノ王国〝七福人〟グンダリ・アバター将軍と勇者自治区ヒナ前執政官の捕虜交換を提案するが、如何なものか?」
それはソロモンにとって、願ってもない提案であった。
ただちにグレンの元に赴き、問うた。
「〝恥知らず〟はそんなことを言っているが、どうする?」
「は? 無視だ無視。そもそも釣り合わねえだろ。むさくるしい野郎と魔王討伐の功労者で聖龍殺しの大罪人、俺たち全員がガン首差し出したって釣り銭にもなりゃしねぇ」
グレンの態度は素っ気ないものだった。
まるで何も聞かなかったように、骸骨騎馬隊の陣形を整えて突撃準備を進めていた。
その前に立ち塞がり、ソロモンは行く手を阻んだ
自身でも思いもしなかった行動だと、動いた後で思った。
「捕虜の交換に応じるふりをして、どうにかできないか?」
「何をだ? あんなの〝恥知らず〟の罠に決まってるだろう」
グレンは骸骨馬を常歩させてソロモンを避けていった。
「どうにかできまいか。グンダリの奴とは泥をかぶり続けた同志なのだ……」
ソロモンはなおも食い下がり、哀願するようにグレンを見上げた。
死霊使いが、自ら作成した屍兵に対して行うことではなかったが、彼はなりふり構っていられなかった。
その様子に、グレンは馬を止めて告げた。
「……いいか、ゾンビの俺が言うことじゃねぇが、七福人ってのは後ろめたい出自のキワモノ集団だ。ガルガ国王亡きいま、遅かれ早かれ処分される捨て駒よ……」
「……だから何を犠牲にしても、恥知らずを討ち取らなければ、か……」
ソロモンはさらに強く拳を握りしめて唇をかみしめた。
「仮に〝恥知らず〟を討ち取ったところで、適当に罪を着せられて誅殺される。『狡兎死して走狗烹らる』ってな。向こうの世界の諺だ」
その言葉にふと、ソロモンの脳裏にネオ霍去病の姿が浮かんだ。
名目上の総大将である彼の姿がないことが、少し気になった。
しかし今はそんなことよりも同胞グンダリの助命が優先事項だ。
「…………そう、だとしても」
骸骨馬の前に立ち塞がるソロモンは、大きく両腕を広げて強く唇をかみしめた。
顔の下半分を覆うマスクに隠されていたが、そこからは血がにじんでいた。
「男が泣くなみっともねえ。分かったよ仕方ねえ。グンダリの野郎を生かして恥知らずだけを葬る策に変更する」
グレンは面倒くさそうにつぶやいくと、軽やかな身のこなしで下馬した。
そしてソロモンに近づくと、耳元でそっとつぶやいた。
「ただし、ひとつ条件がある……」
グレンが耳打ちした内容は、ソロモンにとって思いもしない、まったくの想定外のことであった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「旧約聖書で禁断の果実ってあるじゃん。あれって一般的にはリンゴだけどさ、中東でリンゴって実らないんじゃね?」
小夜子「リンゴと言えば青森とか寒い地方が有名だもんね!」
直行「ラテン語で『善悪の知識の木』の誤読だとも言われてるけどな」
エルマ「ミケランジェロの絵にはイチジクが描かれていますわ♩」
知里「ま、禁断の果実が何だろうと、あたしたちにはあんま関係ないんだけどね」
エルマ「次回の更新は1月31日を予定していますわ♩ 『金曜日のたわわ♩』次回も実らせますわ♩ お楽しみに♩」




