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686話・グレンのナパーム

 グレンの読み通り、“恥知らず”直行は動かなかった。


 その隙に魔導部隊を森へと展開させ、“恥知らず”らを包囲する隠密作戦を敢行していた。

 それを悟られないようにあえて本陣は動かさず、いつでも進軍できる状態で待機させた。


 ここまではグレンの想定内ではあったが、気になる点もいくつかあった。

 丘の上に陣取るピンク色の戦車もそのひとつだ。


「なぁヒナ嬢。あの桃色のオモチャ車はお前さんが召喚したんだよな?」


 自らが拘束したヒナの顎をクイと上げた。


「言うもんですか……」


 ヒナは目をそらしながら口を尖らせた。

 グレンの冷たい手の感触には脈拍もなく、命のぬくもりを感じることはなかった。

 父のように慕った男の変わり果てた姿に、彼女の胸は締めつけられるほどの痛みを覚えた。


 二人の間に沈黙が走る。

 そうした中、威勢のいいクロノ軍の副将クラスが口々にまくし立てた。


「あれは異界人どものキンダイヘイキとかいうモノで、戦車とか言うものだ」


「火力はそれなりだが、一機でどうこうできはすまい」


「わが軍でも実戦投入に向けて試運転が始まっている」


「量産の暁には魔王級戦艦と共に蹂躙作戦を展開する!」

 

 彼ら対し、グレンは眉間にしわを寄せてため息交じりに言った。

 

「んなこたぁ知ってるよ。“勇者自治区のお偉いさん”を前に軍事機密をダダ洩れさせてどうすんだってんだ」


「……そう、であったな」


 グレンの言葉に、副将たちは“勇者自治区の事実上トップ”であるヒナを一瞥すると言葉を詰まらせた。

 うら若い娘があられもない姿で囚われているが、彼女は魔王と聖龍を倒した超一級の術師であり、政治家でもあるのだ。


「甘ちゃんどもが使う分には心配ない。が、恥知らずの奴がどうアレを運用するか、ちと気がかりだ」


 グレンは肩をすくめると、再度ヒナに笑いかけた。


(やっこ)さん、丘の上に姿が見えねえな。おそらく塹壕かシェルターのようなものに身を隠して悪巧みをしてやがるんだろう。怖い怖い」


「……ずいぶんと恥知らずの彼を警戒するのね」


「そりゃあもう。可愛らしい〝お偉いさん〟のヒナ嬢ちゃんと違って奴は手段を選ばないからな」


 ヒナにとって、グレンがそこまで直行を警戒しているとは思いもしなかった。

 いつまでも子供扱いされる自身と比べて、少し嫉妬の感情もおぼえた。


「公式にはヒナ、法王庁で処刑されたことになってるけどね」


「その年で院政でも敷くつもりかい? まぁやりたいようにやればいいが、この戦争でまた時代は変わる。俺たちが切り開いた時代も、すぐに過去のものになるだろう」


 グレンの言葉に、ヒナは眉をひそめた。

 同時に体を動かそうとして、大きく揺らした。

 両手両足をかなり強く拘束されているので、特異の舞踊による魔法の詠唱はできない。

 旅芸人時代を知る団長だからこそ、完璧にヒナの可動部分を封じることに成功していた。


「だったら団長は何のために戦うの? 不死人になってまで傭兵をするなんておかしいよ」


「小娘には教えてやらねえよ。さて話はこれで仕舞だ。ソロモン!」


 グレンはヒナから視線を外し、背後に控えたソロモンを見すえる。

 この長身の死霊使いは苦々しい表情で魔導杖を握りしめた。

 大がかりな不死系の禁呪を連続使用したために、彼の呼吸は乱れていた。


「不死馬とスケルトン騎士団を100体用意した……」


 天幕の外には骨の合わさる乾いた音が響いていた。

 一般兵たちの動揺の声も同時に聞こえている。


「先も言った通り、不死の騎兵を連れ、俺が陽動に出る」


 グレンは将兵たちに視線を送ると、ヒナを連れて堂々とした態度で天幕を出ていった。


「お前たちは包囲網を展開しつつ、この女を人質として晒せ」 


「はっ」


「ちょっと、団長やめてよ!」


 両手両足を拘束された状態で担ぎ上げられたヒナは、羞恥で頬が熱くなるのを感じた。

 一方、グレンはヒナを子供でも扱うように担架にくくりつけると、見世物のように垂直に立てかけた。


「ソロモン、お前さんは彼女から目を離すな。それと魔導兵の指揮権を俺に寄越せ」


 そう言ってグレンはソロモンから有無を言わさず指揮の権限を示す魔導杖を取り上げる。

 次いで天幕に残った魔導部隊の副将らに指示を出す。


挿絵(By みてみん)


「お前らの中に召喚士がいたらスライムかブロブを召喚しろ」


「馬鹿にしないでいただきたい。あんな雑魚モンスターでなく、飛龍やレッサーデーモンをも呼び出せます!」


 天幕にいた副将の召喚士が声を荒げた。

 飛龍やレッサーデーモンを呼び出せる者は召喚士の中でもかなり上澄みの部類で、〝鵺〟の虎や魚面に迫る実力者だ。

 もっとも〝猿〟や女賢者ヒナ・メルトエヴァレンスはさらにその上を行く世界屈指の実力者だが、グレンの策は召喚士の力量に負うものではなかった。


「スライムで十分だ。ゼリー状の増粘剤で火炎魔法をコーティングして火計に使う。水をかけても消えない炎ができる。キンダイヘイキでな、ナパームってんだ」


「……団長!」 


 ヒナの顔が青ざめ、背中から嫌な汗が流れた。

 かつて魔王領に乗り込んだ際、その方法でいくつもの魔物の拠点を焼き払ったことがある。

 あまりにも残酷な方法のため、小夜子と共にトシヒコとグレンに強く抗議をしたことがあった。


「それに! そんなことをしたらママやミウラサキ君まで巻き込んじゃうじゃない!」


 ヒナは強く抗議するも、身動きが取れない上にグレンはまったく意に介した様子もなかった。


 ──味方のグンダリもろとも、焼き殺すつもりか……。

 一方、ソロモンの顔にも影が差していた。


「小夜子にはバリアがあるし、カレム坊やには時間操作がある。ナパーム程度で死にゃしねえさ」


 グレンは乾いた笑いとともに言い切った。

 彼は〝未来視〟など持たないが、病を押して魔王討伐軍を統率して戦い抜いた経験がある。

 脳内には鮮明に戦場の様子が描き出されていた。


 スライムなどの不定形モンスターを増粘剤代わりにしたナパームによる火計。

 小夜子とミウラサキは、恥知らず直行を助けようと全力を尽くすだろう。

 鉄壁の障壁と時間操作という、圧倒的な能力をかいくぐって直行を始末する方法──。


 それは火炎の燃焼時に起こる酸素不足による窒息死、もしくは一酸化炭素中毒だった。


「恥知らずの人生だけは、ここで終わらせておかねえとならねえ」


 不死人グレン・メルトエヴァレンスの赤い瞳が、冷たい光を帯びた。

次回予告

※本編とは全く関係ありません。


小夜子「みんなー! リンゴサラダ作ってきたわよ!」


直行「うお、これ給食で出たことある、リンゴとマヨネーズのサラダだ……」


知里「魚肉ソーセージも入ってるじゃん……」


エルマ「昭和の味ですわね♩」


小夜子「何かみんな微妙な顔をしてるわねー。美味しいよ?」


知里「確かに不味くはない。だけど、何というか味が馴染んでないというか……ヨーグルト入れてみよう」


エルマ「ハチミツも入れますわー♩」


直行「次回の更新は1月24日を予定しています『リンゴとハチミツ』お楽しみに」


知里「それカレーじゃね……」

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― 新着の感想 ―
これは凄まじい作戦ですね……(-_-;)
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