67話・借金を返済しよう!
俺とレモリーは机の上にアタッシュケースを3つ並べると、広げて見せた。
1万ゼニル金貨がびっしりと敷き詰められたケースの中は、黄金色に輝いている。
俺は堂々と宣言した。
「お借りしていた全額、3500万ゼニル。お改めください」
「……確認させていただきます」
債権者のディンドラッド商会〝お気楽な三男さま〟こと、ディルバラッド・フィンフ・ディンドラッド(言いにくい)は、さすが豪商だけに、大量の金貨を前にしても顔色一つ変えなかった。
彼は眼窩にはめ込んだ片眼鏡に拡大鏡のアタッチメントを取り付けると、金貨の1枚1枚をじっと覗き込む。
決してお気楽とは言えない、厳しい表情だ。
「ふーむ。これはどれも勇者自治区で鋳造されたものですね。さすがに精度が違いますな!」
そしてお気楽な三男フィンフは、満面の笑顔をつくった。
ヤバい。
……うかつだった。
ゼニル金貨は、この世界共通の通貨だ。
なので鋳造元なんて、特に気にしてはいなかった。
ていうか、勇者自治区が通貨発行権まで持ってるなんて、思いもしなかった。
その辺の店で両替をしたりして、資金洗浄をするべきだったか。
「3500万ゼニル、確かに返済金としてお受け取り致します!」
だが、そんな俺の心配をよそに、お気楽な三男は高らかに笑った。
この笑顔を信頼して良いものかどうか、俺には分からない。
少しだけ気がかりではあるが、今さらの話ではある。
「問題ありませんでしたか?」
おそるおそる、俺は尋ねた。
「ご安心ください! ロンレア家の邸宅および家財道具の差し押さえの呪符も、解除いたしましょう。3日以内に錬金術師を向かわせますので、ご承知おきください」
「はい。伝えておきます」
冷静に返事をしたはずのレモリーも、少し声が弾んでいた。
それはそうだろう。15年以上仕えてきたお屋敷が、破産を免れたのだから。
「いやァ、失礼を承知で申し上げますが、まさかあのロンレア家が、これほどの額を完済なさるとは夢にも思いませんでしたよ」
「はい。私どもでは正直、どうにもならなかったでしょう。すべては直行さまのおかげです」
「ほう?」
「……だいぶ運に助けられたけどな」
そうは言っても、俺も胸にこみ上げるものがある。
押し付けられた依頼とはいえ、達成できたことは素直に嬉しい。
ここまで来るのは、容易ではなかった。
そもそも俺がロンレア家の令嬢エルマによってこの世界に呼びだされたのは、この借金を返済するためだ。
〝失敗したら死ぬ〟という理不尽な呪いに怯えながらも、無事に達成することができた。
現代へ帰る方法も突き止めた。
そう、ミッション達成。
あとは脱出でクリアなのだ。
「ではこちらの書類に印璽をお願いいたします」
お気楽な三男さまは契約内容が示された羊皮紙を取り出すと、署名のところに蝋を垂らした。
レモリーは手慣れた様子でポーチからチェスのコマのような印璽=シーリングスタンプを取り出すと、蝋の中央に押し当てる。
15秒ほどして、スタンプを静かに剥がすと、ロンレア家の紋章が鮮やかに刻印された。
「良い取引ができました。感謝を」
お気楽な三男さまことフィンフは、ベルを鳴らして下働きらしい少年たちを呼んだ。
彼らは数人がかりでアタッシュケースの金貨を、自社の紋章の入ったトランクに移し替えていった。
10枚ごとに仕切りがあるので、何枚入っているかすぐに分かるようになっている。
テキパキと作業をこなしている途中、俺たちはバターケーキのような焼き菓子とハチミツ入りのマー茶でもてなされた。
さすがに豪商だけあって、砂糖やハチミツがふんだんに使われていて、とても甘い。
「どうもごちそうさまです」
「直行さん。困ったことがあったら、いつでも私を訪ねてきてください。気楽な三男なので、あまり硬くならずに」
この男は、さっきから一度も目が笑っていない。
金貨の鋳造元を見抜くのは、商人なら当然ではあろうが。
この男はどうも、お気楽と断じていい相手ではなさそうだ。
信用できるかどうかは置いておいて、敵に回すのだけは避けたい。
覚えにくい名前だけど、忘れないでおかないとな。
「こちらこそ、フィンフさん。これを機会に良い取り引き相手になれるといいです」
「ご融資のご相談はお気軽に」
「はは、お手柔らかに」
互いに手の甲を相手に差し出し、この世界特有の握手。
俺たちはディンドラッド商会を後にした。
「はい! 次は、馬車の返却ですね」
レモリーは晴れ晴れとして、嬉しそうだ。
こうして無事、借金を返済したわけだが、俺にかけられているという呪いはどうなったのだろう。
無事に解除されただろうか。
今のところ、特になにも変化を感じなかったが。




