684話・スケルトンナイトライダー
俺の脳内に流れ込んできたイメージは次のようなモノだった。
グレン・メルトエヴァレンスは死神のような格好で骨だけの馬に乗り、長剣を掲げて鬨の声をあげる。すると付き従う100騎ほどの骸骨の騎士たちが一斉に、俺たちの陣取る丘をめがけて突撃する。
なぜか皆、剣の先に薔薇の花をくくりつけながら──。
俺たちはそれに対して、ヒナが残してくれたピンク色戦車の主砲を放って応戦し、レモリーと虎仮面、魚面が骸骨の騎士たちを蹴散らし、小夜子とミウラサキが二人がかりでグレンと剣を合わせる──。
俺はまだ『未来視』を使いこなせていない。
5分後か1時間も先か、正確な時刻までは分からない。
視界内に騎兵が姿を現してからここまでたどり着くまでにかかる数分間の戦闘となること、直近に起こる出来事には間違いはなさそうだが──。
ただこの未来を予知した俺は、違和感を二つほど覚えていた。
「妙だよな。絶対に何かおかしい……」
まずは一つ目。
ヒナの存在はどうしたのだろう。
グンダリが見たという、彼女が被るであろう災厄は、俺が未来視を奪うことでキャンセルできたはずだ。
ヒナとグレンが道中で出会わなかった、ということも考えにくい。
彼女は魔力感知ができるし、グレン率いる騎兵団が街道を通ったのならば当然目立つ。この二人が出会っていない未来は考えられない。
第三者の介入を受けたというならば、当然派手な戦闘になるはずで、そちらの未来視も俺は体感できているはずだ。
もう一つ目は、軍師自らが突撃作戦を行うことに対する違和感──。
猪武者グンダリとは違い、グレンは卓越した戦術家として知られている。
そんな男が、開けた場所で少数による突撃作戦を決行するとは考えにくい。
「ねえ小夜子さん、ミウラサキ君。グレン氏って、前線で戦ってはいなかったんでしょう」
俺は裏を取るために、小夜子とミウラサキに尋ねてみた。
「そうよ。団長はすでに肺を煩っていたから、作戦の立案や後方支援。それと新兵に対する闘気による戦術指南が主な任務だったわ」
「旅芸人をはじめる前は傭兵をしていたって言うけど、団長が前線でゴリゴリ戦ってるイメージはないなあ」
結果は俺の予測したとおりの答えだ。
どう考えても陽動か、裏がある、と考えざるを得ない。
ましてやアンデッドの騎兵を従えるのも奇妙な話だ。ミウラサキと小夜子の性格を熟知しているなら、生身の人間に突撃させるはずだ。
人殺しのできない彼らには、人間を捨て駒にする方が心理的な圧迫感を与える。
それにグレン氏はまだ俺が『未来視』を奪ったことを知らないはずだ。
ならば、この優位を絶対に活かさないとならない。
「エルマ、こんな〝未来〟を体験したんだけど……」
俺は『逆流』の異能を用いて、先ほど体験した〝未来〟をエルマに伝えようと試みた。
『最悪の未来』ではなく、差し迫った危機としてのグレンによる奇襲──。
本来であれば戦闘経験豊富な小夜子かミウラサキに伝えるのがベストではあるが、二人にばかり話してエルマに話を振らないと泣かれたりすねられたり、後々面倒になると踏んで、あえてそうした。
「おお♩ これが直行さんの新たな覚醒能力♩ 人様のお目玉をえぐって盗んだ『未来視』ですか♩」
「一言多いぞ、エルマ」
しかし奴は嬉しそうではあった。
「いくらこちらが少数とはいえ、小夜子さんも一代侯爵もいる丘の上に100騎で突撃なんてずいぶんと脳筋な軍師さまですこと♩ キザったらしい薔薇の花びらにも何かあるとみましたわ♩」
「ああ。だから絶対に裏があるとみている」
「念のため、ガスマスクを召喚しておきましょう♩ ピンチの時はこちらから毒ガス攻撃というのもア・リ・ですわ♩」
そう言ってエルマは防毒マスクを人数分召喚していた。
敵による毒攻撃、というのも考えられない話ではないと俺は納得した。
「じゃあ、小夜子さんたちにもこの映像を送るよ」
次いで俺は小夜子とミウラサキ、レモリーにも『未来視』の映像を送る。
一度にパーティ全員に送れればいいのだが、まだ不慣れなせいで一人ずつの送信となる。
「グレン団長! うおおおおーー!」
「泣かないでカッちゃん……。下手したら人違いかも。ヒナちゃんが会えなかったっていうのは考えにくいし……」
「……いいえ、私はグレン氏のことは存じ上げませんが、気になる点が多すぎる〝未来〟です……。少し周囲をうかがって参ります」
レモリーは怪訝な顔をして、大きく息をついた。
そしてドルイドモードを発現させ、風の中に消えていった。
「……魚面と虎にも、未来を見てもらおう」
最後に俺は、虎仮面と魚面にも映像を送った。
おそらく、俺の見立てによれば、この策のカラクリを看破するであろう者は、元〝鵺〟たちだ。
「これさ、〝鵺〟の猿がやった幻術からの奇襲と似てないか?」
俺は虎仮面にそう尋ねたが、彼は大きく首を降った。
「間抜けが! 未来ばかりに気を取られやがって! あの裸女戦士たちは魔法が使えねえのか?」
虎仮面が語気を強めて言った。
彼は慌てて丘の下の雑木林をうかがうと、魔力感知の魔法を唱え始めた。魚面もそれにならって別方向への魔力感知を発動させる。
「本当ダ。この丘の周辺に静音魔法と幻術をかけ合わせて、孤立させられていル……?」
「申し上げます! すでにこの丘陵地は敵の本隊に包囲されているようです」
魚面が言いかけたその最後の方でレモリーが姿を現し、危険を告げた。
グレンにはすでに俺が『未来視』を奪ったことを見抜かれた上で、奇襲の未来それ自体を陽動に使い、幻術と静音でこの地を包み、さらには本隊を動かしていた、ということか──。
愕然とする俺を、さらなる未来視が襲った。
磔になったヒナを見せつけながら、降伏勧告をするグレン・メルトエヴァレンス──。
「あー、はじめまして〝恥知らず〟君。ウチの愛弟子ヒナ嬢だが、命の保証はしない。いい女を失うのは俺も気が引けるから、とっとと降伏してくれ、以上だ」
俺はこの未来にどう対処すべきなのか、冷や汗が止まらなかった。




