679話・確定された未来視の中で
「魚さん。損傷した部分は治したけれど、無理はしないでね」
戦車の中からでは見えないが、通信機越しにヒナの話から魚面は回復を遂げたようだ。
最悪の事態を避けられたことに、俺はほっと胸をなで下ろす。
「ヒナサン、ゴメンナサイ。貴女から預かったホワイトグリフォンを死なせてしまっタ……」
魚面の話から、俺たちの騎獣〝アルビオン〟を失ったことを知った。
〝鵺〟と並ぶ、航空戦力を失ったことはこちらにとって大きな痛手だった。
ロンレアとしては戦略の練り直しも必要だろう。
「戦いに犠牲はつきもの……なんて、ヒナも割り切れはしないけど、魚さんが生きていてくれてよかった」
一方、ヒナは凜とした口調で言った。
魔王討伐軍の主力とし、て数々の仲間の死を乗り越えてきたであろう彼女の言葉には重みがあった。
「虎さんの四肢は召喚獣の遺体から再生させるけれど、それでいいわね?」
ヒナは虎仮面にも声をかけたようだ。
「あいつらと共に戦えるなら本望だ」
魚面が勝手に牢から連れ出して戦力に加えたものの、俺にとって虎は敵対的な行動しか取らなかった。
命がけで戦ったようだが、虎仮面に関して、どこまで味方なのか俺には判断がつかない。
冷酷かもしれないが、虎よりも気がかりなのは小夜子だ。
彼女は超人的な運動神経と剣技で、未来視からの斬撃を食い止めてはいるが、防御障壁が発動していない。
「ヒナちゃんさん、小夜子さんが押されてる。防御障壁が使えないとなると、あの格好じゃ一撃で致命傷になっちまう」
俺は通信機ごしに言った。
小夜子のなんちゃって退〇忍スーツは、特に防御能力に優れているわけでもないだろう。
それよりも〝未来視〟の騎士が振るう蛇腹剣はすさまじいオーラを放っている。
「慌てないで直行くん。ママは大丈夫、負けないよ。ヒナたちは伊達に魔王を倒していないから。あの程度の死線なんて、ママは何度も超えてきたんだから」
母親を溺愛するヒナとは思えないほど、その声は落ち着き払っていた。
そう言われて小夜子の戦闘を見ると、確かに未来視による斬撃でダメージは追っているものの、深手は負っていないことが分かる。
しかし、俺としては年頃の女子が何度となく血しぶきを上げているのは耐えがたい光景ではあった。
「こちらの虎さんの方が命にかかわる」
彼女の覇気に満ちた声に、俺は反論できなかった。
ヒナはオーガやミノタウロスの亡骸から腕や足を取ると、虎仮面の腕へと作り変えていく。
それはエルマとアンナ・ハイムのコンビが編み出した禁断の人体再生魔法──。
踊りながら、回復魔法と召喚魔法を同時詠唱し、複雑な術式を展開していく。
賢者ヒナの真骨頂ともいえる舞踊詠唱で、みるみるうちに虎仮面の肉体が再生されていく。
「うおおおおおーー!! 助かったぜーー!!」
失った両腕と右足を取り戻した虎仮面が、すさまじい声量で雄叫びを上げた。
遠目からパッと見た感じでも、腕が一回り太くなっているのが分かる。
ヒナは虎仮面の戦闘スタイルを理解した上で、さらなる筋力アップの施術を施したのだ。
「さーて今度はママを援護する番ね。直行くん、知らせてくれてありがとう」
ヒナはそう言うと、長い手足と豊満な肉体を宙に投げ出し、空中を疾走した。
まるでバトル漫画のような飛行能力で、反対方向のグンダリに迫る。
「未来が見える敵……だったっけ?」
通信機が、彼女の声を伝えた。
「昔そういう魔物と戦ったことがある。先天性の能力でなければ、たぶん、魔物をスキル結晶化したものを目に埋め込んでいるのだと思う」
俺が相づちをウチよりも先に、ヒナが敵を分析していた。
「未来が見える敵なら、視界を奪えばいいのよ!」
彼女はそう言って、蛇腹剣の騎士めがけて指先を伸ばしドルフィンキックで空中を旋回するような魔法詠唱を展開する。
俺には何が起こっているか分からないが、蛇腹剣の騎士の動きが一瞬止まった。
そのわずかな隙に、小夜子がアクロバティックな体さばきから飛び膝蹴りを入れる。
のけぞった騎士に、急接近していたヒナが追い打ちをかけるようにゼロ距離からの呪縛魔法を放った。
勝負はほんの一瞬だった。
「うぐっ……!!」
〝未来視〟を持つ〝七福人〟グンダリ・アバターは討ち取られたかに見えた。
「……ヒナ・メルトエヴァレンス。俺なんかと遊んでいていいのかい? テメェと同じ姓を持つ男が、本陣にいるぜ?」
しかし、グンダリは不敵に笑い、捨てぜりふのような言葉を残した。
通信機ごしに辛うじて聞き取れたが、ヒナの表情は一変していた。




