678話・未来からの斬撃
「直行君! 運転をお願いできるかしら?」
俺の返事を待つこともなく、ヒナちゃんは大きなお尻をシートから降ろした。
ピンク戦車は自動運転なのか、前進を続けていた。
「ヒナちゃんさんはどうするの」
「負傷者の治療に決まっているでしょう」
俺は彼女のぬくもりが残るシートに腰掛けて、戦車用のステアリングを握りしめた。
小さな印象だと思っていたけれど、いざ持ってみると車のハンドルとさほど変わらない径だ。
戦車といってもヒナ仕様にカスタムが施されており、自動車と同じ操作感で運転できる。
とはいえギアが右についていたり、前進と後退のレバーが左にあったり、ブレーキがセンターにあったりと違和感はある。
それに窓が小さく、三方向に区切られており視界も悪い。
前方では小夜子が、蛇腹剣の騎士を引きつけるために飛び出し、無数の斬撃を打ち払って鮮やかな太刀さばきを見せている。Tバックのお尻もまぶしい。
「確かあいつ〝七福人〟とやらのグンダリっていったっけ……」
俺もうろ覚えだが、花火大会の決闘で知里に半身をえぐられていた気がする。
「車をもっと寄せて頂戴。あそこまで!」
車長席に移ったヒナの指示に従い、俺はハンドルを右に切る。
街道沿いにある敵の駐屯地だろうか。
すでに戦端は切り拓かれ、かなりの数の死体が転がっている。
「虎……!?」
そこには、魚面をかばう、両手と右足を失った虎仮面の姿もあった。
話には聞いていたが、ロンレア領のために、ここまで命がけで戦うとは思いもしなかった。
いや、そうではなく魚面のためだろうか。それほど〝鵺〟の結束は強いのか──。
人殺しを嫌がっていた魚面が、どんな思いでこの戦いに向かったのかを考えると、複雑な気分になる。
「2人ともひどい怪我。大丈夫よ、ヒナに任せて頂戴!」
ヒナが、ものすごい勢いでハッチを飛び出していった。
俺は負傷者と敵将グンダリの射線を遮るように戦車を回し、一時停止で戦局をうかがった。
先ほどまでのトキメキ女子二人、ヒナと小夜子の甘い匂いが嘘のように生々しい血の臭いと、死肉が焦げたような嫌なにおいが鼻についた。
戦車内の空気が、不快な戦場の臭いに変わった。
「直行君、マイクテス、聞こえてる?」
精霊石の通信機をインカム状にしたものをヒナは装備しており、離れた場所からの通信を可能にさせた。
俺はポケットに入れていた通信機を取り出し、シートのヘッドレストわきにくくりつけた。
「ヒナちゃんさん、魚面の容態は?」
「魚さんは内臓の損傷がひどい。虎の人にはエルマさんがやっていた四肢移植回復をやります」
ヒナはそう言うと、まずは魚面の治療に当たる。
慎重な手さばきで腹部に刺さった破片を取り除き、次いで右手をゆるやかに動かして回復魔法の詠唱モーションに入る。同時に左手で浄化魔法を構築し、魚面の治療に当たる。
通信機越しに、ヒナの息づかいと魚面のうめき声が聞こえていた。腹部へのダメージは相当に深いようで、回復も容易ではなさそうだ。
一方、虎仮面の方も間違いなく致命傷を負っている。
俺の役目は蛇腹剣の騎士の射線を塞いで、無防備な三人を守ることだ。
「……小夜子さんが戦ってる相手、知里さんの友達の仇なんだよな」
花火大会のときに見せた、知里のすさまじい憎悪を思い出す。
確かにグンダリという騎士は強いが、絶対防御を持つ小夜子がいる限り、こちらを突破してくることはないだろう。
戦闘は終始小夜子が圧倒していた。
彼女は日本刀〝濡れ烏〟をぶん回して無数の斬撃をはじき落としている。
それは勇者トシヒコの愛刀で、存在をなかったことにできる能力が付与されているが、小夜子は決してその異能を発現させることはない。
「あれ?」
しかし、絶対的にリードしているはずの小夜子の対○忍スーツが破け、裂傷を負っている。
ある意味でビキニ鎧よりも恥ずかしいコスチュームなはずなのに、ダメージを受けているようだ。
あの騎士は確か〝未来視〟ができると言っていたが、知里の敵ではなかった。
当然、知里と同レベルの小夜子が後れをとる相手ではないはずだ。
人の心が読める闇魔道士と絶対防御を持つ女戦士という、能力の違いはあっても、二人とも日の世界ではほぼ無敵のチート級の超人たちだ。
しかし、明らかに小夜子の傷は増えていっている。
戦闘は圧倒的に優位なはずなのに、それと知らないうちにダメージを受けている。
「まさか……」
俺の頭の中に、悪い直感が響き渡った。
彼女の能力『純潔の痴女』が発動していない……?
いつものビキニじゃないから調子が出ないのだろうか……?
しかし、露出している肌面積こそ少ないが、Tバックでお尻は丸出しだし、全身網タイツがところどころ破れてかなりの悩殺衣装になっている。
当の小夜子だって羞恥心で顔を真っ赤にさせながら戦っているのに、斬撃を食らっている。
「ひょっとしたら……」
蛇腹剣の騎士グンダリが、小夜子の一瞬先の未来を見ながら戦っているとするならば──。
彼女の動いた先に斬撃を出しておけば、勝手に当たりにいっているということにならないか……?
ちょっとややこしいが、恥ずかしいという感情がバリアを生み出しているとするならば、未来に置かれた斬撃は、感情の範囲外、未来からの攻撃ということにならないか……?
「ヒナちゃんさん! 小夜子さんがマズい! 治療が終わったら救援を頼む!」
俺は通信機でヒナに救援要請を送った。
法王ラーの一撃をも食い止めた無敵のバリアだが、どうも相性が最悪の敵にぶつかってしまったようだ。




