677話・天祐
※今回は三人称でお送りします。
猛毒に侵されたグンダリの肉体を、魚面が放った呪縛魔法が絡めとる。
無色透明の毒と、目に見えない魔力の鎖が『未来視』の能力を打ち破ったかにみえた。
「……毒かよ! 危うくおっ死ぬところだったぜ」
グンダリは自身にかけられた魔力の鎖、呪縛魔法を着ていた服ごと引きちぎる。
露わになったのは東洋の龍を象った刺青と、瞳の部分に埋め込まれた『毒無効』のスキル結晶だった。
屈強な肉体を蝕んでいるはずの猛毒は、効果を及ぼさなかった。
「毒が効かない……」
魚面は仮面の下で顔面蒼白となっていた。
敵は虎仮面と共に命を賭して放った猛毒と呪縛魔法を、いともたやすく無効化してみせたのだ。
しかしグンダリは慢心するでもなく、醒めた表情で笑った。
「実力じゃねえよ。ただの幸運だ。対クソ猫仕様で、『毒無効』のスキル結晶を埋め込んでいた。それだけだ」
花火大会での決闘で、知里に半身を吹き飛ばされた。
死霊使いソロモンによる施術で、肉体を復元したした際に、闇魔導士知里の〝蟲毒〟に対応するためにスキル結晶を埋め込んだのだ。
それが思いもよらない形でグンダリを勝利に導こうとしていた。
「お前らには気の毒だが、見えた以上どうやったって虎野郎の左足、魚女の内臓と仮面はぶち壊される。未来は確定してるんだぜ!」
グンダリは蛇腹剣“鉈大蛇”を大きく振り回した。
ワイヤーで連なった刃が、鞭のようにしなやかに伸びて変幻自在の斬撃を繰り出す。
「魚! 己が隙を作る! テメェだけでも逃げろ!」
虎仮面は肘宛ての裏からありったけの煙幕弾を取り出し、自らの体を盾にして魚面に怒鳴りつけた。
しかし腹部に致命傷を負った魚面は激痛のために動けなかった。
蛇腹剣の斬撃により爆ぜたプロテクターの破片が腹部に突き刺さっており、内臓を損傷させていた。
さらに何度かの吐血で、仮面の中は血だまりができている。下手をすれば窒息しかねないほどの惨状だ。
「来るべき未来からは、誰も逃げられねえぜ?」
とはいえ蛇腹剣で魚面の仮面だけを粉砕するのは至難の業だった。首を刎ねる方がはるかに楽ではあるとグンダリは歯噛みする。
「面倒だな」
そう思った矢先、魚面が自ら仮面をずらして吐血した。
その瞬間、蛇腹剣の一撃が仮面を粉砕する。
グンダリ自身、そこまで計算した斬撃ではなかったが、逆にそのことでさらに確信を深めた。
ハッキリとしたヴィジョンが見えた以上、結果は確定的だった。
「次は内臓をぶちまける番だが、腹に刺さった鎧が邪魔だな。だが問題ない。お前らのむごたらしい死が見えた以上、俺の未来視は絶対だ」
確信を深めたグンダリは、思いのままに剣の雨を降らせる。
魚面をかばう虎仮面が、剣を弾こうとするが、すでにズタズタの両腕では防御しきれず、筋肉組織を切り裂かれる。骨の見えている個所もあり、切断されるのは時間の問題だった。
「はっ」
そのとき、凛としたかけ声とともに、肌色の影があらわれた。
キン、という金属音が何度も鳴り、無数の斬撃を弾き飛ばしていく。
「魚ちゃん!」
小夜子は虎仮面と魚面の前に飛び出し、持っていた日本刀で蛇腹剣の斬撃の全てをはじき返した。
さらに鞭のようにしなる連結部分に足をかけ、反動で跳躍するとグンダリめがけてヒップアタックをくり出した。
肌も露わな女戦士の登場に、グンダリは目を丸くした。
「てめぇは……裸の狂戦士! いつもの変態衣装じゃねえが! ケツ丸出しでいかれてやが……」
しかし、彼の目線はすぐにその奥に向けられた。
グンダリが身をかわそうと思っていた射線上に、極太の光弾が撃ち込まれるヴィジョンが見えた。
光弾の威力は最上の一撃、法王ラーや忌まわしき知里にも匹敵する火力だ。
「もう一人、やべぇのがいるな!」
グンダリは回避せず、小夜子のヒップアタックに飛び込んだ。
その時、地平線に閃光が走ったかと思うと、極太の光弾が地面を薙ぎ払った。
あれを食らえばグンダリだろうとひとたまりもない。
グンダリは額に冷や汗を浮かべながら、背後に忍ばせた蛇腹剣をしならせ、女戦士の真下から斬撃をくりだした。
「下!」
お尻を突き出していた小夜子は空中で一回転すると、右手の日本刀で下からの斬撃を薙ぎ払い、その反動を利用して上に跳ぶ。
そして、そこから闘気を利用して空気を蹴り、グンダリの頭上からの一刀を浴びせる。
「速っ! 露出狂の癖にとんでもねえ剣技じゃねえか」
グンダリは辛うじて左手の籠手で斬撃を受け止める。彼の未来視でもブレて見えるほどの速度だった。
「狂戦士に変態に露出狂ですって? 年頃の女の子にあんまりじゃない! おまんは許さんぜよ」
小夜子は止まらない。
次から次に繰り出される神速の太刀さばきは、クロノ王国最強格の騎士である自身でさえさばききれない。しかしその斬撃はすべて峰打ちで、殺傷する意思はない。
「そんなんで心を折るつもりか? バカにしてるのか変態女戦士……いや、てめえは囮か!」
グンダリの目に、別のヴィジョンが見えた。
こちらに迫るピンク色の車両。戦車の存在を知らないグンダリの認識でも、魔導砲を積んだ装甲車両だということは看破できた。
そこからあらわれた亜麻色の髪の女はヒナ・メルトエヴァレンス。恥知らず直行も一緒だった。
彼らは小夜子を先鋒としてグンダリと対峙させ、交戦中のその隙に女賢者が魚面と虎仮面を回復させる目論見だったのだ。
しかしグンダリが見えた未来に変わりはない。
四肢を失い、絶命する虎仮面、直行の腕の中で息絶える魚面……。
「ん……?」
おぼろげながら、さらに先の未来も見えた。
グンダリの未来視が、時折見せる未来事象。直近の未来視とは違い、こちらの制御は難しいものの、見えた未来は確定している。ガルガ国王の暗殺のときもそうだった。
涙顔のヒナ・メルトエヴァレンスが、〝七福人〟蘭陵王によって惨殺されるヴィジョン。
それはクロノ王国にとって願ってもない、敵の英雄を撃滅する光景であった。




