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66話・ディンドラッド商会の気楽な三男さま 

 ついに今日、3500万ゼニルの借金を返済する。

 ……俺がつくった借金じゃないけれども、俺の命がかかっている。


 ロンレア家の債権者は、貴族街の外れに居を構えるディンドラッド商会。

 そこへ行く道すがら、予備情報として従者レモリーから話を聞いた。


「はい。ディンドラッド商会は、旧王都ではドン・パッティ商会と並び称される豪商の一角です」

「ディンドラッドは初めて聞いたけど、ドン・パッティなら知ってる」


 忘れもしない。

 ドン・パッティ商会とは、伝説の英雄「導かれし転生者たち」の一人、カレム・ミウラサキの実家である。


 魔物に襲われて重傷を負ったレモリーを助けるために、知里から紹介されて実家を訪ねたが、ミウラサキという前世の名前しか知らなかった俺は、門番に追い返されてしまったという苦い記憶を持つ。


「ミウラサキと初めて会ったとき、ロンレア家の借金事情を知っていたようだったけど、なるほど実家が借入先のライバルだったとはな」

「はい。ドン・パッティ商会が革新派の貴族から一般市民までに向けた日用品などの販売で手広く商っているのに対し、ディンドラッド商会は貴族のお抱えとしてその名を知られてきました」


 要するに庶民派で改革派のドン・パッティ商会VS保守派貴族御用達のディンドラッド商会か。


 ◇ ◆ ◇


 貴族街の外れといっても、閑静な邸宅が立ち並ぶエリアが広がっている。

 ディンドラッド商会は、そんな中でもひときわ目を引く大邸宅だ。

 

 金細工の施された鉄柵門は、俺が見た旧王都の邸宅ではもっとも豪華だった。

 奥に広がる庭園も左右対称で、植え込みには手入れが行き届き、キレイな幾何学模様を描いている。

 それは、手間とお金をふんだんにかけた見栄の極致のように思えた。


 勇者自治区の街並みが明るく、どこかオモチャっぽい印象を与えるのに対して、ディンドラッド商会の庭園は、歴史の積み重ねと財力(ある種の権力)を感じさせ、重厚感があった。


 来賓用の馬留に馬車を止める。

 俺とレモリーは手分けして金貨の詰まったアタッシュケースを持ち、庭園のわきの小道から屋敷へと向かった。

 途中、ターバンを巻いた行商人や、僧服の集団とすれ違った。

 さすが豪商だけあって人の出入りは激しいようだ。

 そして要所で、剣を持った警備の者たちが目を光らせていた。


 少し歩いた後、ディンドラッドの屋敷にたどり着いた。

 まるで宮殿のように贅を尽くした建物で、俺は動揺した。


「いいえ、貸金を行っているのは正面のお屋敷ではなく、西側の館です」


 レモリーは慣れているのか、涼しい顔で堂々としたものだ。


 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 西館の玄関を入ると、来賓用のカウンターテーブルがあった。

 客の用向きをたずねる女性は、隙のなさそうなキリっとした美人だ。

 カッチリと髪の毛を編んでいる。

 冒険者ギルドなど、こちらの世界に来て色々と接客の様子を見てきたけれど、段違いにお堅い雰囲気だった。

 

 緊張している俺とは対照的に、レモリーは事務的な様子でポーチから書類を取り出すとカウンターに向かった。

 慌てて、俺も後に続く。


「ロンレア伯爵家の使いの者です。こちらの書類にある融資の返済に参りました」

「では、担当の者が参りますので、しばらくお待ちください」

 

 豪華絢爛(けんらん)な調度品に囲まれたロビーでソファに腰かけて5分ほど待つと、足音が近づいてきた。

 

 現れたのは、何ともピリッとしない若者(?)だった。

 眼窩にはめ込むタイプの片眼鏡をしていて、落下防止の鎖がついているけど似合っていない。

 着ているものも立派で、物腰も上品だけど、何となく覇気がない。

 髪の毛をオールバックにしているが、童顔なのでとっちゃん坊やみたいな印象だった(失礼)。


挿絵(By みてみん)


「お世話になります。私、ディルバラッド・フィンフ・ディンドラッドと申します」

 一瞬、どっちが名前でどっちが苗字か分からなかった。

「初めまして、お世話になります。俺は九重 直行(ここのえなおゆき)と言います」

 

 お互いに名乗り合ったら、ディルバラッドは手の甲を合わせるようにこちらへ向けた。

 ああ、知ってる。

 これはこの世界の「握手」だ。

 古物商〝銀時計〟の店主に教わった。


 俺は手の甲を彼の方に向けて、ノックをするような動作を示して見せた。

 実践は初めてだったが、うまくできた。


 そういえば酒場などでも見かけたことがあるような。

 考えてみたら、俺がこの2カ月で出会った人たちの大半は転生者と被召喚者だったな。


 余談だが、エルマの父ロンレア伯とは一礼しただけだった。


「私、言いにくい名前でしょう。ロンレア家のお嬢さんには〝お気楽な三男さま♪〟と呼ばれています」 

「えっ……」


 俺は面食らって思わずレモリーを見た。

 ため息交じりで小さくうなずく従者レモリー。


「すみません。エルマお嬢さまが、なんか失礼なことを言ってたみたいで……」

「気にしないで下さい。事実ですし、気楽ですから! いいですよ豪商の三男は、上に2人もいるんで責任もないし、食いっぱぐれる心配もない。良い縁談もあったし、最高です」

「それは……羨ましい」


 この人は本当に気楽だ。

 誰だよ商人はシビアだなんて言ったのは!


「さっそくですが融資の返済について、お話を伺いましょう」

 

 お気楽な三男さまは、リラックスした様子で豪華な椅子に腰かけた。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] お気楽な三男はポーズで裏がありそうですね。
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