671話・直行の帰還
俺たちは夜通し空を駆け抜け、ロンレア領のシェルターに入った。
両隣には勇者自治区のリーダー、ヒナ・メルトエヴァレンスと裸の女狂戦士こと小夜子。
勇者パーティの主力組2名を伴っての帰還は、皆を驚かせたようだ。
「ご帰還おつかれさまで……す? ぬえええーっ、貴女は! どうして、処刑されたはずではァ……」
若い門番はヒナを見て声が裏返ってしまった。
彼の反応から、俺は法王庁での自作自演の処刑劇が一夜にしてロンレアまで伝わっていることを知った。
「内密にお願いできるかしら」
ヒナも言いつくろったり変装する気はなさそうだった。
彼女が言うには、あくまでも〝聖龍殺し〟の禊として、政治の表舞台から降りたかったのだとか。
「……は、はい」
門番は曖昧に返事をした。
ロンレア領はともかく、法王庁の信徒たちがそれで収まるとも思えないが……。
「エルマの奴はまだ帰っていないのか?」
俺は門番に尋ねた。
「いえ、まだです……」
確かエルマはスフィスと共に囚われたエルフ族を伴ってロンレア領に戻る予定だったとは思うが……。
道中、何かあったのだろうか、帰還はまだのようだ。
「時間がないわ。直行くん、彼女を待たず責任者たちを集めてちょうだい。まずは情報の集約と、今後の対策を話し合いましょう。エルマさんのことはそれから決めましょう」
さすがにヒナは長年リーダーをやってきた経験がある。
想定外の出来事にもテキパキと順序立てて対応ができる。
俺はすぐに幹部たちに招集をかけさせた。
◇ ◆ ◇
シェルターの会議室に集まったのは内政担当のギッド、外交担当のキャメル、義勇兵の隊長と副官たち、食料担当のクバラ翁は左足を失っていた。
「クバラさん、足はエルマの帰還後に治させます」
「そんなことよりも一大事でごぜえます」
「魚面さんが出奔しました」
クバラ翁とギッドが、渋い顔を見合わせる。
「魚面が……消えた?」
確かに魚面の姿がないことは気にはなっていた。
しかし錬金術師アンナや弟子のネリー、戦士ボンゴロ、盗賊スライシャーもこの場にはいないため、てっきり地下研究所の防衛に当たっているものだと思っていたのだが……。
「ウッソー、魚ちゃんが?」
「グリフォンを贈った彼女さんだよね」
魚面と親しかった小夜子が首を傾げた。
ヒナも寿司パーティで一度会ったきりだが、当然覚えていた。
エルフの村長を治療中のエルマとスフィス、勇者自治区でネオ霍去病を追跡しているレモリーはともかく、魚面は防衛組で最高戦力。
突然いなくなってしまうなんて、到底考えられないことだった。
「ウチの若ぇのに尾行させたんでさ」
「……はい。確かにこの目で見ました。魚面さんは“鵺”の装束をまとい、秘密の地下牢から仮面の大男を連れ出し、どこぞへと消えていきました」
首を傾げた俺の前に、見慣れない男が立って報告した。
視線の鋭さと俊敏な身のこなしから、ただ者ではない気がした。
すかさず、クバラ翁が補足する。
「申し遅れました。こいつはジュダイン・バート。元A級冒険者でしてな。盗賊上がりですが腕は確かでさ」
農業ギルド長クバラ翁にうながされて、ジュダイン・バートと呼ばれた男は一礼した。
「お初にお目にかかります。いや、領主さまのことを遠目では見ていたんですがね、“頬杖の大天使様”が恐ろしくて、声をかけられませんでした……」
“頬杖の大天使様”とは知里のことだ。
バートも元冒険者だそうだが、S級冒険者の知里とは何某かの因縁がありそうな言い方だった。
「それで魚面のことだけど……」
バートから受けた説明によれば、魚面は虎仮面を伴ってクロノ王国軍の敵陣方向に向かって行ったという。
彼女の裏切りはまず考えられないが、ロンレア領を襲った暗殺者集団“鵺”の虎仮面を脱獄させた件は気になる。
俺は“虎仮面”の処遇には手を焼いていて、処刑するのも忍びないと思い、あわよくば懐柔させようとして軟禁していたという中途半端な処置をとってしまっていた。
「バート、報告助かった。クバラ翁、この件は俺が預かる」
と、そこにギッドが割って入ってきた。
「ですが直行さま。どのような理由があれど、魚面さんが何の相談もなしに囚人を逃がしたことは看過できません」
内政の責任者である彼の至極まっとうな正論だった。
「分かった。それは彼女に責任を取らせよう」
もちろん極刑などは考えてはいないが、領主代行として確かにお咎めなしにはできない案件だ。
「魚ちゃん……」
俺の決定にヒナや小夜子が口を挟むことはなかった。
政治家のヒナはともかく、人情派の小夜子が異を唱えないことは意外だったけど、彼女もまた魔王討伐軍で戦い抜いた経験がある。軍規の徹底は痛いほどわかっているのだろう。
そのとき、レモリーからの通信が入った。
彼女には勇者自治区の爆撃時に暗躍していたネオ霍去病の捜査を命じていた。
「レモリー、いまどこにいる?」
几帳面な彼女が丸1日以上も音信不通だったことは気になっていたが、こちらも法王庁での同盟締結とロンレア領への帰還で手いっぱいだった。
「はい。それがミウラサキ一代侯爵と共に敵軍に囚われ、今しがた脱出したところです」
「なん……だと?」
俺はてっきりレモリーは勇者自治区に戻っていたと思っていたのだが、彼女から思ってもみなかった事実が告げられた。
「はい。簡単に状況を説明します──」
レモリーとミウラサキを捕えたネオ霍去病。そしてそこから敵陣を突破して脱出してきたという話。
それに加えてもうひとつ、ヒナや小夜子にとっても予想外の意外な事実。
勇者トシヒコの相棒で、魔王討伐軍創設者で参謀役でもあるグレン・メルトエヴァレンスの復活が知らされた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません
エルマ「知里さん。ファッションセンターし〇むらにヒナさんがいるの許せないですわよね♪」
知里「そうね。あたしたちの聖域が冒されていく感じだわ」
エルマ「一軍女子や芸能人崩れのリア充が庶民派を気取るんだったら、〇ニクロとか〇apとかのファストファッションでいいじゃないですか♪ ねえ知里さん♪」
知里「まあね。でもあたしたちのファッションセンターも出世したものだとも思う。し〇むらも入りにくくなったらネット通販以外のどこで服を買ったらいいんだろ」
エルマ「現場からは以上でした♪ 次回の更新は10月20日を予定していますわ♪『三軍女子のアパレル事情』お楽しみに♪」




