670話・冥府より蘇りし道化狼
「……! テメェが……何故それを知って……」
隻眼の騎士グンダリは言葉を詰まらせた。
“未来視”により、ガルガ国王の暗殺事件を未然に防ぐこともできた。
しかしネオ霍去病の耳打ちによって思いとどまり、凶行を見過ごした。
グンダリは心の中でつぶやく──。
奴がなぜそれを知っているのか?
霍去病が伝えたのか──?
蘭陵王の仮面の下が、どんな表情であるのかはグンダリには分からない。
「俺の故郷の言葉だがな、”過ぎたるは猶及ばざるが如し”ってな。悪役に徹しきれないヤツは中途半端な善人よりも性質が悪い」
「…………」
その一言は、さらにグンダリの心に深くえぐった。
蘭陵王の仮面をつけた軍師は、グンダリに一瞥もくれず、遠ざかっていくミウラサキの勇姿と光の剣に目を細めていた。
「金髪の姉ちゃんに出し抜かれた。ああなるともう、カレムの小僧は手がつけられねえ……」
光の剣を振るう異界の仮装戦士は量産型魔王、死霊使いソロモンの猛攻をものともせずに、無数の兵たちを電撃の剣で仮死状態にして、進んでいく。
「くそっ、打開策はねえのか!」
八方ふさがりのグンダリは左目の異能を発現させ、未来視を試みた。
見えたのは、ミノタウロスやオーガを打ちのめす自身の姿。
虎と魚の仮面を被った者たちを圧倒する蛇腹剣、真・鉈大蛇が唸りを上げる未来──。
「……蘭陵王、俺は魔物部隊を止めてくるぜ。潰せる戦力は潰しておく」
勝利が見えつつも、罪悪感からきまりが悪そうなグンダリは、逃げるようにその場を去っていった。
蘭陵王は右手を軽く挙げて、彼を送り出した。
「さて。こちらも、どう勝ち筋を見出したものか……」
“七福人”蘭陵王=グレン・メルトエヴァレンスは仮面の下で自嘲気味に笑った。
彼は黒いあごひげに触れながら、知恵を巡らせる。
お人好しのミウラサキに全軍をぶつけてみたものの、金髪の精霊女の機転によって強行突破されてしまった。
一方、自軍の司令官であるネオ霍去病はどこかに雲隠れし、騎士グンダリは主君を見殺しにする罪悪感から迷いが生じている有様だ。
すでにクロノ軍の陣営は乱れ、統制も取れないような状況でもあった。
「おい。ソロモンを呼び戻してくれ」
蘭陵王は副官にそう命じ、崩れた天幕の下から椅子を拾い上げて腰を下ろした。
そして足を組んで左手で頬杖をつき、考えをめぐらせる。
死霊使いソロモンは現在、量産型魔王を伴い、最前線で戦闘中だった。
しかしミウラサキを止めることは難しいだろう。
そのような状態で量産型魔王を失うわけにもいかない──。
戦力は当然クロノ王国が圧倒している。
しかし“恥知らず”率いるロンレア領と勇者自治区の同盟、法王庁の動向も考慮すれば下手に手出しはできない。
──不死人となって、この世に舞い戻ってみたら、とんでもない無理難題を吹っ掛けられたものだ──。
◇ ◆ ◇
蘭陵王グレンは、死霊使いソロモンによって魂を呼び戻され、錬金術師サナ・リーベンスによって新たに作られた肉体に宿されたのだった。
その際、死霊使いは告げた。
「今日より貴殿は“蘭陵王”と名乗り、我に従うのだ」
不死人にとって、創造主である死霊使いの命令は絶対だった。
元より逆らうことはできなかったが、グレンはひとつ条件をつけた。
「死んだ女房に会わせてくれるなら、本気で知恵を貸してやろう」
安息の死から魔物として無理やり現世に引き戻されたグレン・メルトエヴァレンスの本心だった。
グレンの妻カレン・メルトエヴァレンス──。
彼の傭兵時代、魔術の師として共に死線をくぐり抜けた相棒でもあった。
グレンが右手を失い、旅芸人となったときにも共も行動を共にした。
だが魔王の瘴気によって感染症を患い、病死した。
それは魔王討伐軍結成前の、秘められた話。
そして献身的な看病を続けていたグレンもまた罹患しており、志半ばで命を失うことになる。
◇ ◆ ◇
不死人と化したグレン・メルトエヴァレンスに迷いはなかった。
“強制”の呪いは受けているが、請け負った以上、最善を尽くす。
かつての仲間だろうが、愛弟子だろうが一切の容赦はしない。
それは傭兵時代からグレンが心に刻みつけてきた信念だった。
戦局は不利。
グレンは副官の1人に声をかけた。
「俺たちがロンレアとトシヒコ達に勝つためには考えて考え抜かなきゃならねえ。格下じゃねえんだ。霍去病に総力戦だと伝えろ」
そして自身の左手で、失ったはずの右腕を強くつかんだ。
不死人の己に、どれほどの時間が残されているのかは分からなかった。
「元々が道化師とはいえ、異界の神々を模した茶番にもいつまでも付き合ってはいられねえ」
親政クロノ王国“七福人”蘭陵王ことグレン・メルトエヴァレンスは仮面を外した。




