667話・ゴーレーサー再び
呪殺魔法に囚われたカレム・ミウラサキの魂に、死の呪いと共にすさまじい虚無感が押し寄せてきた。
「いくぜ英雄狩りだ!」
隻眼の騎士グンダリが、蛇腹剣を振り上げる。
「……!!」
ミウラサキは虚無感に苛まれ、混濁する意識の中で、辛うじて時間操作を発現させる。 不規則な軌道の斬撃は、ゆっくりと狙いをはずれて落ちていく。
しかし霍去病の放った呪殺魔法には、減速の効果は与えられなかった。
負の波動に満ちた呪いはミウラサキの元の肉体と魂に深く傷をつけていった。
転生者カレム・ミウラサキが宿った肉体の持ち主ジルヴァン・ドン・パッティ──。
彼は自我が目覚めたとき、ジルヴァンの意識がどこに消えたのかずっと気がかりだった。
13歳の肉体を、8歳で死んだ自分が「第二の人生」としてわが物とした罪悪感。
死の呪いは、彼の心の底にあった罪悪感を増幅し、魂と肉体に深い傷を負わせていく。
「……ボクは……誰?」
混濁し、粉々になりそうな意識の中で、ミウラサキは子供のように尋ねた。
「いいえミウラサキ一代侯爵!」
うすれゆく意識の中で、ミウラサキが聞いたのはレモリーの声だった。
彼女は先に、霍去病の呪殺魔法によって命を絶たれたはずだった。
「レモリーさん?」
彼女の亡骸は敵陣内に崩れ落ちていたはずだが、消えていた。
幻聴かもしれないと思ったミウラサキだが、背中に彼女の闘気を感じる。
(トシヒコ君みたいにドルイドモードで精霊と同化したのか!)
一瞬、幻かとも思ったが、間違いなく耳元で囁いたのはレモリーの声だった。
「仮面戦士に変身して戦うのです!」
レモリーは不意に、ミウラサキが思いもしなかった「仮面戦士」という単語を告げた。
一瞬何のことか関連が分からなかったミウラサキだが、すぐにピンときた。
「……じょっ、蒸着!」
半信半疑ながらも、カッと見開いた目で、勇ましいポーズをとる。
超速特捜ゴーレーサー。
ミウラサキが前世で好んでいた特撮テレビ番組だった。
ドン・パッティ商会の御曹司という立場で魔王討伐軍に参加する際に用いた変装だ。
同じ番組を見ていた勇者トシヒコが面白がって〝変身キット〟を作成して与えた。
奇しくも〝鵺〟によるロンレア領急襲の際にも身分を隠して助太刀する役目があったが、レモリーはそれを覚えていたのだ。
この姿の意味するところはネオ霍去病には理解できない。
知らない情報を加えることで、カレム・ミウラサキ=ジルヴァン・ドン・パッティという存在に揺らぎが出る。
レモリーもまた、ドルイドモードを発動させ、自身の肉体を精霊化することで即死魔法を無効化した。
自然の元素を司る精霊には、死の概念はない。
「はい。これで死の術法は効果を失いました」
「へえ! レモリーさんって! 戦い上手なんだね!」
ミウラサキは瞳を輝かせながら、感心した。
精霊術士ながら、呪殺魔法の特性を見抜き、敵の予想外の方法で無効化してみせた。
それはかつて魔王討伐を成し遂げた勇者パーティの戦術のような懐かしい喜びをミウラサキに思い出させていた。
「はい。直行さまをはじめとする戦闘巧者の皆と死線を越えてきましたので」
レモリーも嬉しそうに返した。知里と直行、そしてエルマといった曲者と一緒に戦い抜いてきた経験は、彼女を大きく成長させてきたのだ。
「ええい! 何をしている! 奴らを殺せ! 捕らえよ」
ネオ霍去病は声を裏返らせて喚き散らし、周囲の上級将校たちに鞭を飛ばす。
命を受けた副官以下の将兵たちがいっせいに捕縛体勢をとる。
顔を引きつらせながらも、不満を気取られないようにレモリーたちを取り囲む。
その様子を見ていた蘭陵王の仮面の男は頭を抱えて首を振った。
「ダメだ、こりゃ」
「チャンス到来! GOレーサー」
統制の効かない、混沌とした現場の状況を見切ったミウラサキが飛び出した。
決めポーズと共に「時間操作」の効果を強め、周囲の時間を極限まで遅くする。
兵らの動きが超スローモーションとなっている最中、ミウラサキは軍議が行われていた机に飛び乗った。
そしてレモリーを手招きする。
「レモリーさん! 光になって、ボクの剣に取りついてほしいんだ」
そう叫んで、腰から取り出したのは警棒のような直刀。
「承知!」
レモリーにはすべては理解できなかったものの、言われた通りドルイドモードを発現し、光の精霊と化した彼女は、ミウラサキの警棒剣に取りついた。
「ドルイドモード着装! レーザー・ブレイド! 出力フルバースト!」
ミウラサキは必殺技の名前を物々しく告げながら、警棒の剣先をなぞる。
光と化したレモリーがそれに呼応するように、刀身に魔力を宿す。
「トゥッ!」
机を踏み台にして跳躍したミウラサキは、光の剣で天幕を切り裂いた。
バサ、という音とともに重い天幕が落ち、兵たちを下敷きにしようとする。
跳躍したミウラサキは、残った柱を蹴ってさらに跳ぶ。
光の剣を構えたまま、目線だけを動かして脱出経路を探る。
比較的警備の緩い軍港めがけて、彼は柱を蹴って勢いをつけた。
「させねえよ」
しかしその先には先回りをしていた蘭陵王の姿があった。
地上からはソロモンが影を刃に還る闇魔法で追撃してくる。
後ろ方向からはグンダリの蛇腹剣も迫っていた。
ここに来て七福人三人による連携が決まった。
「やっぱり! どう考えてもグレン団長だと思うんだよね!」
そう言って子供のように笑うミウラサキは、蘭陵王の仮面を手に取り、引きはがした。




