655話・種も仕掛けもある世界で
「法王庁は、俺たちロンレアを無下にはできない」
俺はふしぎがる小夜子に、そう切り出した。
ヒナがピクリと眉を動かし、鋭い視線を送ってきた。
ラー法王がロンレアとの同盟を断れないのは明確な理由があった。
「要するに、エルマの編み出した再生医療を、ラー法王は非常に買っているんだ。だから帝国になろうと傘下をブッチ切ろうと、ロンレアとの関係は切れない」
どれほどこちらが非常識な対応をとろうと、回復魔法の概念を根底から変える技術だ。
法王庁としては、この技術を持っていなければ大きく時代から取り残されることになる。
「なるほど……でしょうね」
ヒナは左肩をさすりながらうなずいた。
その両腕は元々はアイカのものだ。
先の花火大会でラーに四肢を焼かれ、壊死した両腕を、エルマの再生術でアイカの腕と付け替えた。
いまは魔法で見えなくしているが、ヒナの左肩にはアイカがしていたハイビスカスの刺青があるはずだ。
「エルマさんの再生医療を法王庁と勇者自治区でも共有する。この意味は大きいでしょうね……」
自身も回復術師であるラーとヒナには、人体再生の有用度が誰よりも分かるのだろう。
勇者自治区としても、避けては通れない技術革新だった。
「あの……ただし条件があるそうです……ぞ」
そうした中、ジュントスが受話器を持ったまま、おそるおそる割り込んできた。
「それが……その、勇者自治区との同盟に関してはひとつ条件がありまして……その……」
「条件?」
ヒナがよく通る声で尋ねた。
彼は言いにくそうに表情をこわばらせながら、たどたどしく告げた。
「女賢者ヒナ・メルトエヴァアレンスの身柄の引き渡しと処刑だそうです」
「処刑……」
「ヒナちゃんを? そんなの無理に決まってるじゃない!」
真っ先に声を荒げたのは小夜子だった。
しかしヒナは母親の肩を抑えて、含み笑いを見せた。
「いいんじゃない? ヒナ執政官も、聖龍討伐の責任を取らなきゃって思ってたところだし……」
言葉には少し自虐的なニュアンスも含まれるが、ヒナの目は冴え輝き、犠牲になる気など全くないような自信に満ちていた。。
「ヒナちゃん! ……の従者さん!?」
「どうせバレてるでしょ」
ヒナがかつらを取って亜麻色の長い髪の毛をあらわにする。
そしてアイカから受け継いだ、左肩のハイビスカスの刺青が、燃えるように赤く現れた。
「ヒナ・メルトエヴァレンスです」
「えっ、えええーっ!? なんと!」
知らなかったのか、とぼけているのか、ジュントスは大げさに驚いた。
「……確かに豊満な肉体美と艶やかな臀部は! いやいや拙僧としたことがこれほどの女体美を見間違えるとは……いやはや面目ない」
「ジュントス卿にお願いがあります!」
ヒナはセクハラ発言を華麗にスルー。
長い髪を大きくかき上げ、強い口調で迫った。
「……ヒナ執政官の拘束と死刑、すみやかに行いますので法王庁に周知してください」
「はほ?」
不意をつかれたジュントスは間延びした生返事しかできなかった。
「ダメよヒナちゃん正気なの? 死んじゃうなんて絶対ダメ」
「〝聖龍討伐者ヒナ〟は一度ここで死ぬ必要があるみたい」
あわてて止める小夜子だが、ヒナは自信たっぷりに一同を見る。
その堂々とした態度は、微塵にも死など連想させなかった。
「……偽装工作ですか? 承服できませんな。ラー法王を欺くことになるのですぞ。他の方法を探るべきです」
呆気に取られていたジュントスだが、偽装だとみるや冷静さを取り戻し、言った。
「欺くことにはならないわ。ヒナはここ法王庁で、自らにケジメをつけます」
「今後は表舞台に立たないと? 信用できませんな」
なおもジュントスは食い下がる。
「いっそのこと、電話口で前法王さまに判定してもらったらいい」
俺は話に割って入って、そう言った。
たぶん、ラーはそこまで折り込み済みで、条件として出してきたのだと思う。
「……そのように、言われましてもな。ラー法王猊下のお立場は、保留中ということになっておりますので、法王庁としては、おいそれと連絡はできんのですな……」
ジュントスは少し困ったようだ。
それに対して俺は、変化球気味に、こんな話を投げてみた。
「ヒナ執政官を捕えよ、との条件ですが、ハッキリ言ってムリゲーでしょう」
実際問題、女賢者ヒナ・メルトエヴァレンスを拘束できる者は限られている。
前法王ラー、勇者トシヒコ、そして知里。
ひょっとしたら“七福人”の中にも、相応の超人はいるかもしれないが……。
「いま、この世界にそれができる人間は、ラー前法王くらいのものでしょう」
「…………」
「もし仮に、ヒナ執政官の処刑が偽装だったとして、われわれは被害者ではないでしょうか?」
「直行くん、ずるい」
小夜子がドン引きしていた。
たぶんこの話をしている俺は、とても悪い顔をしているのだろう。
「話はまとまったわね」
ヒナが勝気な表情でジュントスの背中をおした。
困惑しながら、しぶしぶと頷く彼
小夜子は俺を「ずるい」と言ったが、今回の件はもしかしたらヒナに仕組まれたのかも知れない。
彼女は全て承知のうえで法王庁に赴き、自身の聖龍殺しのロンダリング
「どうせなら派手に公開処刑といきましょうよ?」
そう言ってヒナはカラカラと笑った。




