653話・保険事業の提案
3者会談も正念場を迎えた。
そして回ってきた俺のターン。
「今回法王庁を電撃訪問したのは、同盟を結びたいからです」
俺はキッパリと言った。
「現在ロンレア領および勇者自治区は、クロノ王国の無差別空爆を受けています」
「それはお気の毒に。回復術師は足りておりませんでしょう?」
ジュントスは見透かしたような視線を、俺ではなくヒナに送った。
「…………」
ヒナは無言でうなずいた。
彼女の反応をみてから、ジュントスは切り出す。
「さて。御聖龍を倒した仇敵の勇者自治区、傘下だったのにシン・エルマ帝国とやらで勝手に独立したロンレア領、クロノ王国に攻められたから、助けてくれと申すのですかな? 虫が良すぎますぞ」
俺の提示に、ジュントスは凄んでみせた。
「いえ、わがロンレア領と諸侯連合、勇者自治区の同盟の後ろ盾として、法王庁に盟主を務めていただき、大連立同盟を締結したいという大義のためです」
俺は〝大義〟という言葉でお茶を濁す。
「ほう。信徒でもない異界人たちの盟主になれと申すのですな? 聖龍教会、軽い神輿ではありませぬぞ?」
「ところでジュントス卿、法王庁の皆様のなかには、異界人を毛嫌いしている者も多くいます。現に何度か私たちは命を狙われました。リスクは当然こちらにもあります」
ヒナが割って入り、小夜子にアイコンタクトを送る。
ジュントスは値踏みをするように、2人を見返す。
「刺客ですと? それは本当ですかな?」
とぼけているのか、本当に知らないのか、ジュントスは首を傾げた。
「まあ、証拠がないので、信じる信じないはジュントスどの次第ですが……」
俺は一応、そう補足しておいた。
命を狙われたことは確かだが、証拠もないし、犯人が誰かも分からない。
リーザの一件も含めて、ジュントスが裏で手を引いている可能性はまずありえない。
「さて直行どの。左様に、お互いに利害がかみ合わない勇者自治区とロンレア領、果たして何でつないでみせますか? わが法王庁を担ぎ出すからには、相応の見返りがないといけませんぞ」
ジュントスはまた俺に投げてきた。
「医療保険、という制度があります」
ここで俺は、今回の交渉の〝とっておき〟を取り出した。
「ほう?」
「まあザックリ言って、信徒でない人でも、毎月の掛け金を払ってくれたら、もしものときは治療しますよ、という制度です」
乱暴な説明ではあるが、要するに、法王庁を同盟に巻き込むためには、利益を誘導し、経済圏に組み込むことが大切だ。
「それ、勇者自治区としても初耳だけど?」
ヒナの顔に、少し非難の色がみえる。
「法王庁にとってのメリットがなければ、話にならない。聖龍さまを倒した異界人に、無償で回復術師を派遣するのは無理がある。対価は必要だ」
俺はヒナに釈明しつつ、法王庁側のメリットについても説明した。
「甘く見られたものですな。法王庁が金で動くと? ラー法王猊下による財政の健全化で、わが法王庁は潤っておりますぞ?」
しかしジュントスも乗り気ではなかった。
ただ俺は、法王庁の財政の弱さを知っているつもりだ。
法王庁は基本的に領地からの収穫と、信徒たちからの寄進を元に運営されている。
それに加え、法王は元王族という立場を利用し、諸侯に貸し付けを行い、資金を集めていた。
エルマの父親がそうであったように。
しかし聖龍が倒されてしまった以上、宗教団体として存続できるかは未知数だ。
知里が次の聖龍を創造するといっても、異界人の彼女が生み出した次の聖龍を、何の疑問もなく崇めることができるかは疑問符がつく。
もちろん、知里の存在を隠すのか大前提だとしても、法王庁の未来は危うい。
一方、勇者自治区は発展を続け、さまざまな産業を生み出している。
それになぜか通貨発行権を持っている。
勇者自治区に足りないのは回復術師、法王庁に足りないのは金。
ロンレア領は対クロノ王国の最前線の戦場、=緩衝地帯になることを引き受ける。
勇者自治区の財政状況、ヒナが言っていた〝英雄を必要としない社会〟を頭に入れても、この図式はお互いの利益になるはずだ。
「100年先のことを考えて、みんなが助け合える社会を作っておこうというのが、俺の考えです」
「なるほど、ロンレア側の主張、よく分かりました。でも、いまわが勇者自治区にいる負傷者は、当然保険の契約を結んでないのだけれど、そこはどうするつもり?」
ヒナはなおも食い下がる。
彼女は金銭面に関しては、けっこうシビアな考えの持ち主だ。
「いまは戦時下なのでロンレアが代金を立て替えますが、平時はそういう仕組みでガッポリ稼ぎませんか?」
正直、ロンレアとしては空手形を切ることになってしまうが、まずは同盟締結が何よりも優先事項のため、やむを得ない。
財務方のギッドには泣いてもらうしかない……。
「ロンレアと保険事業の共同運営。法王庁としては危険な橋ですな」
「だから緩衝材として関連会社を置いて、万が一批判が出るようなら切り捨てればいい。トカゲの尻尾のように……」
「なるほど……。ですが承知しかねます。拙僧はラー法王猊下からくれぐれも法王庁を託された身。ラー様が戻られるまで、あるべき法王庁を守らねばなりませぬ」
ジュントスはキッパリと言い切った。
交渉を焦る俺の心を見透かしたように、彼の正論が突き刺さる。
万事休すだった。
さらに追い打ちをかけるように、いぶきからの通信機が鳴った。
当然、その背後にいるのは前法王ラー・スノール。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「いよいよ24年の都知事選が開始しましたわー♪ 選挙ポスター、いつになくカオスですわー♪」
知里「泡沫候補を面白がっていたけれど、全裸ポスターに掲示板ジャック、今回はシャレにならないわね」
小夜子「すごーい! 昭和の発明王も立候補してるんだねー。96歳だって!」
知里「発明王に俺はなった人だよね。すごい自尊心だ」
直行「都知事選くらい注目度が高いと、供託金300万円で主義主張を語れてコスパはよさげだよな」
エルマ「あたくしたちも出馬します?」
知里「シン・エルマ帝国の皇帝ともあろう方がが選挙に出たらダメじゃん」
エルマ「だったら知里さんと小夜子さんが出ればいいじゃないですか♪ キツネと狸で全裸キャットファイト♪」
直行「次回の更新は6月28日を予定しています。『ついに激突! 赤いキツネと緑のたぬき』お楽しみに」




