63話・俺、ロンレア家を追放される
旧王都に帰ってきた。
相変わらず建物の建築や道の整備で、都は活気づいている。
だが、勇者自治区を見てしまってからでは、いかに貴族街の建築ラッシュと言っても、大したことはなかった。
エルマの実家に帰るのは、わずか2日ぶりだというのに、すごく違和感があった。
無理もない、依頼主であるエルマは不在なのだ。
彼女が法王庁に連行されたのは昨日だ。
飛竜に乗せられて行ったけれど、すぐに釈明する機会が得られるとは考えにくい。
エルマが俺に言づけた内容は以下の通り。
『あたくしの解放を待つ必要はありません。とっとと6000万ゼニルをゲットして、借金を返してしまいましょう♪』
『優先すべきは、①借金の返済と差し押さえの解除。②直行さんの命。それ以外は可能ならでOKです♪』
エルマは両親への報告などには全く触れなかったが、可能ならの範囲ではないだろうか。
常識的に考えたら、ここは報告すべきだろう。
それに加えて売上金の5000万ゼニルも預けるのが筋かも知れないけど、ここは保留しておこう。
借金返済までは、俺の手で済ませなければならない。
アタッシュケースに入れた大量の金貨は、とりあえず馬車の荷台に隠して、レモリーの風の精霊術で不審者が来たら知らせるようにしておいた。
馬車は納屋に、馬は庭先にある馬留めに止めておいた。
俺の分の報酬は、手荷物として持っていく。
あと自治区で手に入れた着替えは、私室まで運んでおこう。
準備が整ったら、俺は当主であるロンレア伯=エルマの父親に報告することにする。
ただ、その前に従者レモリーと、ある程度口裏を合わせておく必要があった。
俺たちはいったん私室で顔を合わせ、段取りを決めた。
「勇者自治区と接点ができた件は、隠しておこう。法王庁とトラブルを起こしたことも、言っちゃダメだ」
「はい。それが賢明かと。直行さまのために全力を尽くします」
レモリーは俺に、うやうやしく礼をした。
「……ただ、あくまでもレモリーはロンレア家に雇用された従者の立場だ。最終的には自分の生活を優先してくれ。俺はとりあえず『失敗したら死ぬ』呪いの状態は何としても解除しておきたい」
「はい。ロンレア家の借金を返せば、直行さまは晴れて自由の身、元の世界に帰還ですね……」
レモリーは寂しそうに言った。
もっとも、帰還を実現するまでには、越えなければならないハードルが山ほどある。
差し当たっては、目の前にある応接室のドアだ。
さあ、当主に報告だ。
「失礼します」
応接室には、どっしりとひじ掛け椅子に腰を下ろした当主と、不安そうに椅子にもたれかかる夫人の姿があった。
実は直接会って、まともに会話をするのは、居候になる時のあいさつ以来だったりする。
伯爵夫妻は、2人して俺を不吉なものを見るような目で見ていた。
あの時の2人は、ものすごく無理をして俺を歓迎しようとしてくれていたが、今回はまるで違う。
貴族らしい威圧感たっぷりで、部屋の空気が重苦しい。
ところどころに貼られた『差し押さえ』の札が目立ち、何とも居心地の悪い空間だ。
「エルマの姿が見えないようだが?」
「丸一日も姿を見せないなんて、あの娘らしくもない」
穏やかだけど、尊大な声のトーンだった。
俺のことを、単なる虫けらとでも思っているような。
気圧されてはいけない。
俺はできるだけ平静にことを伝えた。
「お嬢様は現在、聖龍法王庁におられます」
「何ですって。どういうことなの?」
「法王庁の刻印があるマナポーションの売買について、法王猊下にご報告申し上げるため、神聖騎士団に同行しました」
細かい内容については言わない方がいいだろう。
エルマから最初の日に聞いた話では、この両親は絶大なカリスマをもつ若き法王に心酔しているという。
騎士団と一悶着あったとは、口が裂けても言えない。
「どういうことだか、詳しく説明してくれないのかね?」
……。
俺は、考えあぐねている。
エルマの両親に、俺たちの事業をどこまで言ってよいものか。
──マナポーションを化粧品として売ったことは知ってるのか?
法王庁と対立する勇者自治区との取引まで勘づかれているのか?
適当な嘘をついたところで、バレたらフォローしようもない。
かと言って、今ここで俺の口から勇者自治区との取引を話すのもマズい気がする。
「レモリー、お前がついていながら、この失態は何だ!」
「はい……申し訳ありません」
レモリーは深く頭を下げて目を伏せている。
……。
彼女は俺たちの事情をすべて知っている。
ロンレア伯が雇用主である以上、喋らなければならない立場でもある。
それでも彼女は黙っている。
俺は、苦し紛れに言った。
「申し訳ございません。取引の際、お嬢様の連行を求められはしましたが、神聖騎士団の真意については、分からないとしか……」
「法王庁の真意に分からないことなどあろうか!」
ロンレア伯は強い口調で返した。
この人は教団に心酔しているのだ。
「法王様より私が承ったマナポーションを、エルマが売りさばくのは構わない。ままごとのようなものだからな。だが、お前は本格的な商売にしたのだろう」
ままごと、だと?
「失礼ながらそれは、御家に『差し押さえ』の札が貼ってあるのを、お嬢様が心から嘆いてのことでした。お嬢様は決してままごとのつもりなどではなかったはずです」
少しだけ俺も冷静さを欠いてしまった。
バルコニーで見せたエルマの涙がウソ泣きだったとしても、これまでの2カ月は決してままごとなどではなかった。
俺もエルマもレモリーも、文字通り命をかけて戦ったんだよ!
……とは言えないけど。
「……」
レモリーはただ、黙って俺の話を聞いていた。
が、伯爵夫人は大きなため息をついた。
「……何にしても、余計なことをしてくれました。主人は『無理に売りさばかなくてもよい』と言いませんでしたか?」
「確かにおっしゃいました」
「『転生者』である娘は、同年代の誰とも心を通わせることができなかった。せめて異世界人同士であれば、娘の話し相手になるのではと思って接触を許したのだが、まさかこのような事態になるとは……」
「法王様には、申し上げる言葉もありませんわ……」
「待ってください」
伯爵夫妻は、怒りと嘆きに打ち震えていた。
俺が言葉を差しはさんでも、まるで取り付く島がない。
この人たちと、いまいち話がかみ合わないのだ。
……俺は、机を叩きたい気持ちをぐっとこらえた。
「だからハッキリ言います! 御家が『差し押さえ』られたら、ロンレア伯爵家はどうなさるおつもりですか! お嬢様はそれを心配して……」
「もういい」
言いかけた俺を、ロンレア伯が挙手をして制した。
「もういい。異世界人よ。出て行ってくれ。今後一切、当家の敷居をまたぐことまかりならん」
……俺は、エルマの家を叩き出されてしまった。




