640話・戦線拡大! 勇者自治区への空爆を防げ
「緊急事態だ! 量産型魔王の無差別空爆が迫ってる! ヒナちゃんさん! 応答願う!」
声を張り上げ、ヒナを呼びながら、俺は全速力で〝鵺〟を飛ばしてサンドリヨン城をめざしていた。
背後からは量産型魔王が迫る。
俺たちなど眼中にない様子で、白旗を掲げて勇者自治区に迫っている。
このままでは追い抜かれる──。
そうした状況でレモリーはドルイドモードに変化して再び魔王に立ち向かっていった。
「私は魔王を食い止めます。気休め程度の時間稼ぎにしかなりませんが、あの白旗を燃やし偽降伏の印をつぶします」
俺は再び抜け殻になった彼女の肉体を抱きかかえながら、勇者自治区を目指した。
精霊石による通信が可能な場所まで急ぐ。
◇ ◆ ◇
中央湖は夕焼けで真っ赤に染まっていた。
半分干上がった湖は、ところどころ島だった部分が奇岩となって突き出ている。
勇者自治区の港も影響を受け、何舟もの船が無造作に打ち上げられていた。
勇者トシヒコと法王ラー・スノールとの激闘、さらにはヒナの聖龍討伐の影響は、周囲の自然環境を一変させてしまった。
この場所を、さらなる戦渦に巻き込むわけにはいかない。
一刻の猶予もない状況に、俺はくりかえし通信機でサンドリヨン城のヒナを呼び出した。
「ヒナちゃんさん! 応答願う! 勇者自治区!」
「──直行くん? どういうこと?」
何度目かの呼びかけに、応答があった。
現在勇者自治区の最高責任者を務める女賢者ヒナ・メルトエヴァレンスその人だ。
「クロノ王国のネオ・ゴダイヴァと交戦した! 彼女は自棄を起こしてロンレア領を空爆! さらに引き続いて勇者自治区に向かってる! 降伏するフリをして無差別攻撃するつもりだ」
「ちょっと待って! 何でヒナたちが巻き込まれなきゃならないの!」
ヒナは語気を強めていたが、そんなことを言われても、事の次第を順序立てて説明している余裕はなかった。
「不測の事態ってやつ! ネオ・ゴダイヴァは平気で騙し討ちをする! 民間人を巻き込む! 話の通じる相手じゃない!」
「……そう。各員に、状況を伝えて」
俺の言葉に、ヒナはため息交じりに同意した。
外交上、〝七福人〟ネオ・ゴダイヴァとも会談したことがあるのだろう。
彼女は通信機越しに警備の者と話しているようだ。
モニター、位置、時刻、という単語が漏れ聞こえた。
「直行くん。ドローンからの映像で確認したわ。量産型に間違いないわね。ヒナは射線上の住民を避難させる。ママはあいつをお願い!」
通信機からヒナの声が聞こえた。
小夜子もその場にいるようだ。
この急襲を知らせられただけでも、少しだけ肩の荷が下りた気がした。
少なくとも、最悪の被害は防げた。
「ヒナちゃんさん! この状況下で何だけど、突っ込んだ話がある。ロンレアと同盟を組まないか?」
「え……?」
次いで俺は、彼女に〝戦略上の要〟同盟の話を持ちかけた。
「軍事同盟だ。ロンレアと勇者自治区でタッグを組んで、クロノ王国と対峙する」
「……待って。5分頂戴! 住民たちを空間転移魔法で避難させるから!」
「時が惜しい。ミウラサキ君が近くにいるなら、彼の時間操作能力で巻いてくれ。俺もそっちに向かう」
英雄で神殺しの女賢者ヒナに〝巻いてくれ〟とは、我ながら俺も言うようになったものだが、数千の人の命がかかわっているのだ。
俺は全速力で鵺を飛ばし、サンドリヨン城の天守へ向かった。
「……!!」
それと入れ違いになるように一瞬すれ違った肌色と青の人影。
フワッと香るシャンプーの匂いは、間違いなく小夜子だ。
電光石火の神速、俺の目では追きれないほどの速さで、俺の横をすり抜けていった。
「八十島小夜子! いっきまーす!」
勇ましい掛け声とともに、空気を蹴るように宙を飛び跳ね、超高速で魔王に迫る。
彼女は背中に差した太刀〝濡れ烏〟を抜刀すると、上段に構えたまま巨大な敵の頭上に飛び込んでいく。
「おんどりゃーー魔王ーー!! カモン! レモリーさん! 刀身に電撃ちょうだい!」
ピンク色の闘気をまとい、小夜子は吼えた。
大きく揺れる胸とポニーテール。
「はい!」
レモリーはすぐに小夜子の攻撃意図を察して、自身を雷に姿を変えると、勇者の愛刀〝濡れ烏〟の刀身に電撃をまとわせた。
「グレン流剣術奥義! テリオス・バスター! ライトニング・プラズマ・タイフーン斬り!」
ほとんどお尻丸出しのTバックビキニ鎧で、恥ずかしい名前の必殺技を叫ぶ小夜子。
生々しい両腋もむき出しで刀を上段に構え、大きく胸を弾ませる。
見ているこちらの方が赤面するような光景だ。
「…………」
レモリーも目を見開いてドン引きしている。
俺たちの冷めた視線に気づいた小夜子は、自身も恥ずかしくなったのか、伏し目がちで両腕で胸を抱くように隠した。
「──ゴガアアアアアア──!!」
雷をまとった小夜子の一閃──。
巨大な量産型魔王は断末魔とともに真っ二つに斬り伏せられ、落ちていった。
「……さすが、魔王討伐メンバーです……」
レモリーが何とも言えない表情でつぶやいた。
「お。おう……」
俺も正直、複雑な心境だった。
レモリーが命を懸けてものにした、ドルイド最奥の技が火力不足で攻めあぐねてしまった。
一方、どう見ても露出狂以外の何物でもない女戦士の一刀によって魔王は一撃で倒された。
まあ、そんな微妙な感情は捨てておこう。
勇者自治区の住民の命は守られたのだから──。
「えっ……ウソ、そんな……」
たったいま、量産型魔王を斬り伏せたはずの小夜子の頭上に、魔王がもう一体あらわれた。
確かに空中戦艦は二体の魔王に支えられていたが、残る一体はエルマが毒殺したはずだ。
「どういう──?」
「…………」
何事もなかったかのようにあらわれた量産型魔王に、俺たちは言葉を失ってしまった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
知里「黄砂がひどいね」
エルマ「洗濯物が真っ黄色じゃないですかー♪」
小夜子「エルマちゃんそれ元から黄色いTシャツだから」
エルマ「24時間続くチャリティー番組でもないのに、黄色いTシャツなんて着るんですか♪」
小夜子「黄色いシャツ着たっていいじゃない!」
知里「お小夜なら似合いそうだけどコーデが難しそうだよね」
直行「次回の更新は5月3日『黄砂に吹かれて』お楽しみに」




