61話・現代世界に帰る方法と条件
現代社会に帰還する方法を、ヒナは知っているという。
エルマは『帰る技術は確立されている』とは言ってたけど、実際に聞くのはこれが初めてだ。
「帰る方法とは、どんな……?」
チョコケーキを食べ終えたヒナが、険しい表情で言った。
「逆召喚というか、転送ね。『万能の羅針盤』という希少アイテムを使って、元の世界に帰す方法がある。ヒナは5人ほど送り出したけど、無事帰れたかどうかは分からない」
……安全は保証できない、ということか。
「まあ、一度帰した人間を再召喚でもしない限り、確かめようのないことではあるよな」
「ちなみに『万能の羅針盤』とは、古代遺跡から極まれに発掘される魔法術具で、超正確な位置情報を知ることができるのだとか」
いぶきがザックリと補足してくれた。
なるほど、レアアイテムを補助的に利用するのか。
「そのアイテムさえあれば、帰れるんだな」
「あと高レベルの召喚術者ね」
アイテム探索の件は凄腕の冒険者『頬杖の大天使』こと零乃瀬知里に依頼するとして。
召喚術師と言えば、エルマだが。
もっとも彼女の召喚術は高レベルではないと自ら言ってたな。
さて……。
「もし直行くんが望むなら、ヒナが力を貸してあげてもいい。ただ、希少アイテムが必要だから順番待ちになってるけどね」
「順番待ち?」
「ええ、この自治区に住む被召喚者の中にも、残念なことに現代に帰りたいと言う人はいる」
「……そんなことを言うってことは、ヒナちゃんさんは、けっこう人を召喚してたりするんだ」
勇者自治区内だけでも150人前後の現代人がいると聞いたが……。
「世界を変えるために。鉱山技師や、建築家、調理師、農業や畜産業従事者、それぞれのエキスパートが必要なの」
「直行さんも知っての通り、僕とアイカは美容関係ですし」
「ねえヒナちゃん、あんまり人を召喚するのは、わたし感心しないけど」
ショートケーキを美味しそうに食べているポニーテールのメガネ女子、小夜子もまたヒナが召喚した前世の母親だ。
「……けっこう呼んでるんだな」
「『人間のアカシックレコード』が量産できれば、もっと呼べるのだけど」
転生者ヒナは、魔王を討伐した勇者パーティの主力だった人だ。
現在は勇者自治区で、ファンタジー世界に現代文明の利便性を付与するために尽力している。
でも、異世界から強制的に人を召喚するのって、倫理的にどうかとも思う。
まあ彼女に言っても仕方がないのだろう。
「俺は人を呼ぶ話よりも、帰る話の方に興味があるんだけどな」
「単刀直入に言いましょう。直行くん」
改まった表情で、ヒナが俺に言った。
「ヒナの帰還希望者リストには10人の名前がある。この順番は申し出順だけど、功績を上げた人は優先的に帰れるように取り計らうことができるよ」
「……その条件とは?」
「みんなが納得することなら、何でもいい。直行くんはWEB関係者と言ったよね。ネットインフラを拡充させることができたら即座にOKでしょうし」
残念ながら、俺は技術者でもプログラマーでもないので、それは無理だろう。
「法王庁を征服しちゃうのもいいんじゃないですかァ?」
冗談めかして、いぶきが言った。
そこに、真面目な顔の小夜子が口をはさむ。
「いぶき君だっけ。征服なんて、人の命を脅かすような言葉を軽々しく口にしない方がいいと思うわ」
「ママの言う通りよ」
しかしヒナは、小夜子のホンワカしたタヌキ顔とは一線を画した冷酷な表情をしている。
「現段階で、法王領と軍事的に争うなんて愚は犯さないで。既得権益、ましてや宗教団体なんて、技術革新と利便性で優位を取れば自然と駆逐できるものよ。ねえ?」
これでは、どっちが物騒なんだか分かったものじゃない。
「ヒナは転生者だから日本にはもう帰れない。だからここを日本以上の居心地の良い世界にするためにがんばってる。もし直行くんが帰りたいなら、実績を示してほしいのね」
「……なるほど。よく理解した」
ヒナの考え方に賛同するかどうかは別にして、帰る手段があることが分かり、現実的な段取りも見えてきた分だけ、未来が開けてきた感じだ。
俺はデザートの抹茶ムースに手を付けていなかったことに気づいて、急いで食べた。
この、現代と寸分違わない甘さは、ヒナの話を聞いた後だと少しだけ怖くも感じる。
でも、やっぱり美味いな……。
その後は、他愛ない話で談笑して、和やかに俺たちは二手に分かれた。
ヒナ、いぶき、アイカの勇者自治区組はそれぞれの家路へ。
俺とレモリーと小夜子は、ホテルで一夜を明かしてから翌日、旧王都に帰ることにした。




