624話・サナ・リーベンスという女1
船内に催眠ガスを充満させて、敵の戦力を無効化させる。
速攻は完璧に機能していた。
俺たちはエルマのナビを受けつつ、敵将の研究室までひた走った。
そうして俺たちは敵将の位置を探り、先導させたローラースケートのコボルトに続く。
最奥の研究室をめざして、通路を一直線に進んでいった。
船内はまるでSF映画にあるような宇宙船のようだ。
一見して俺が知っているこの異世界とはさらに異なる技術を感じる。
黒い謎の金属で作られた通路は、六角形で歩きにくい。
赤や緑のゴムっぽい質感のチューブが天井や壁を這いまわり、血管のように脈を打っている。
ところどころに、睡眠剤で意識を失った敵兵が倒れていた。
敵兵というよりは、研究員のような白衣を着た者たちだ。
背が小さい、というよりも幼い。
少年少女のようだった。
「……!!」
その姿に、俺は言葉を失った。
彼らの首筋や後頭部に、おびただしいスキル結晶が埋め込まれていた。
昆虫の複眼を拡大したかのようにびっしりと幾何学的に並べられたそれを、ひとめ見ただけで強い嫌悪感を受けた。
「……『記憶力強化』に『絶対服従』、『脳内覚醒』などの知力系スキル結晶だなッ……。短期間にこれだけ多く埋め込むと、この子らの命は5年も持たないぞッ」
アンナが吐き捨てるように言った。
「子供を使い捨ての助手にするとはッ……。意図が分からんッ。きちんと育成した方が効率がいいとは思うがッ」
「おぞましい……」
そんな子供たちの姿にエルフの射手スフィスは顔をしかめ、深いため息を漏らした。
一方、錬金術師アンナは鼻息荒く、腕をぶん回す。
「臭うなッ! 同業者の臭いがプンプンするぞッ。おそらく敵将は十中八九……錬金術師だッ」
そう言って錬金術師アンナは血管のようなチューブをゴンゴンと叩いていた。
そのときだった。
天井からぶら下がっていたラッパ型の拡声器のような機械が鳴りだした。
ビープ音のような警告音が響いたかと思うと、甲高い女の声が響いた。
「七福〝人〟の女錬金術師ネオ・ゴダイヴァでーす。勝ち目がないので降伏しまーす!」
あっけらかんというか、軽い口調だ。
何の迷いも感じ似れなかった。
「……降伏……だと?」
俺たちの誰もが、意表をつかれた、と思う。
空中要塞での奇襲はうまくいったとはいえ、圧倒的に敵が有利な状況にある。
それなのに、なぜ? という疑問は残る。
「錬金術師ネオ・ゴダイヴァ……? 聞いたこともないがッ……」
アンナが首を傾げたそのとき、通路から女の姿が現れた。
ガスマスクを被った白衣の女。
その下の着衣はボディペイントのようなシルエット。
向こう側が透けているので、幻影か立体映像の可能性が高い。
「アンナ先輩! ワタシですよワタシ! サナ・リーベンスですよー! 降伏しまーす。マジで戦う気はないんで、エルフも解放しまーす。研究室まで来てくださーい」
サナと名乗った女の幻影は、両手を上げて「降参」のポーズを取っていた。
と、そのすぐ後に、ふしだらっぽいポーズで手招きをしたかと思うと、高速で後ずさった。
「罠に決まっている!」
「待てスフィス。交戦の意思がない者を射るのはナシだ」
スフィスが即座に弓を構えたのを俺は制した。
彼はしぶしぶ、矢を戻しながらサナと名乗った女を睨みつけた。
その女──ガスマスクの裸白衣の女が、前を向いたまま後ろにダッシュしている。
走っている動画を巻き戻しているような、強烈な違和感のする光景だ。
俺たちは戸惑いながらも、罠がないか最大級の警戒と共に女の後を追う。
ナビ役の進行方向とも一致しているし、他に道もなかった。
「そういやアンナ。サナと名乗ったあの女、先輩とか言ってたけど……?」
歩きながら、俺はアンナに聞いてみた。
知っている名前を名乗った以上、錬金術師としての接点や、あの女の情報は欲しいところだ。
「公認錬金術師リーベンス家のサナ。マスクを被っているので分からないが、知ってはいるッ」
破天荒でアウトサイダーなアンナからは想像できないが、この世界での錬金術師は特権階級だ。
錬金術師だからといって、誰もが黄金を作り出す研究をしているわけではない。
俺たちの世界でいえば国家お抱えの化学者や研究者のイメージに近く、傷薬ポーションや魔法力回復のマナポーションなどの開発にも携わっている人々だ。
人体実験はもちろん、生命に関わる実験は禁忌とされているためにアンナの場合は在野の錬金術師として細々と怪しげな実験を繰り広げていたのだが……。
そんなアンナを「先輩」呼ばわりするサナは何者──。
「心が読めるブチ切れた女魔導士の姿がないけども、どこかに潜んでいるのかにゃ」
高速で後ずさりするガスマスクの女。
彼女が言うこ女魔導士とは、知里のことで間違いないだろう。
知里を警戒するあまり、先んじて降伏したとも考えられる。
クロノ王国は知里が行方不明になったことは知らないようだ。
「さあて、どうだろねえ」
俺は故意に通信機を取り出して、知里がいるともいないともいえない、思わせぶりな態度をとった。
ただ、それにしてもガスマスクの彼女はとてもじゃないけれど、降伏しているようには見えなかった。
俺たちを嘲笑うように時折足を止めては「降参」のポーズを繰り返す。
「直行さま。どう考えても罠です」
レモリーは臨戦態勢で走り、スフィスも再度矢をつがえて追う。
一方、何かを考えこみながら走っていたアンナはゆっくりとした足取りになると、叫んだ。
「……正体を見せろッ! そもそもサナ・リーベンスは転生者認定を受け、前法王の命によって処刑されたはずだッ」
アンナの声にサナは即座に立ち止まって反応した。
ガスマスクを取る。
その顔に俺とエルマは見覚えがあった。
花火大会で、小夜子をバカにしていた高飛車な女──。
ネオ・ゴダイヴァとサナ・リーベンス……。
俺は険しい顔をしているアンナの方を振り返った。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話がアップロードされたのは24年2月14日♪ 性バレンタインデーですわ」
小夜子「聖よ聖、間違えちゃダメ」
知里「日本のバレンタインはお菓子会社が広めた風習だけど、2月14日は聖ウァレンティヌスが処刑された日にちなんでいるわけだから、宗教を茶化したらダメだよ」
エルマ「そうですわね♪ カカオ畑で働かされる少年たちのためにも、SDGsについて考えないといけませんわね♪」
直行「チョコレートなだけに、いつになくダークでビターな話題だな」
知里「あ、オヤジギャグだ」
直行「しまっ……」
小夜子「次回の更新は2月18日を予定しています。『続・あの日摘んだカカオの味を僕たちはまだ知らない』お楽しみに」




