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619話・不帰の大森林へ


 俺たちは〝(ぬえ)〟が牽引する飛空艇で、エルフの里を目指した。

 目的地は法王庁よりもずっと北にあるという、不帰(かえらず)の大森林。


挿絵(By みてみん)


 エルマと錬金術師アンナが作り出した客車によって、空中移動はかなり快適だった。

 丸窓のついたコンテナ内部には客席が取り付けられており、衝撃&揺れ吸収ユニットまで搭載されている。

 

 御者を務めるのはスフィス。

 “鵺”を駆るのは初めてだろうが、召喚獣として手なずけられており、馬よりも御するのは容易い。


 エルフの里への細かい道のりは彼しか知らないから、任せるしかない。


 そのため、道すがら、俺とレモリーはロンレア領内での金銭の出納帳や、農産物の収穫高、住民の要望書など、多岐にわたる書類を読んで過ごした。

 もちろん今、目を通しているのは原本ではなくエルマの複製能力で作ったコピーの書類だ。


 それにしてもエルマの覚醒はすさまじい。 


 先の花火大会の一件以降、魔力量も跳ね上がったようで、出発前に簡易的な飛空艇まで召喚し、組み上げた。


「いやぁ♪ 生エルフ楽しみですねえ直行さん♪ 気に入った娘がいたら連れて帰っちゃいましょうか♪」


 本人の性格は相変わらず増長したままで、スフィスやレモリーの顰蹙を買っているが……。


「おいッ直行ッ。この『動画』というやつは静止画の連続なのだなッ。それに音声データも同時再生されているッ! この世にある現象を記録する技術ッ! 興味深いッ! どういう原理なんだオイッ」


 一方、アンナはいぶきが送ってきた動画に釘づけだった。


 バッテリーの充電は精霊石からエネルギーを取っているから大丈夫なものの、予備とはいえ“世界の秘密”を握る鍵であるスマホを分解でもされたら大ごとだ。


「アンナ。スマホなら勇者自治区で買ってくるから、分解だけは勘弁してくれよな」


 ◇ ◆ ◇


 俺たちは北をめざし、飛び続けた。

 途中何度か休憩し、レモリーが焼いたシュトーレンっぽいパンをいただく。


 クリスマス頃に売っている、砂糖をまぶした硬いパンの中にドライフルーツやナッツが入っているやつだ。


 日持ちがするので保存食に最適だし、栄養価も高いので少しの量でも満腹になる。

 

 エルマはこれに、さらにハチミツをかけて食べるのだ……。


 俺たちはコンテナ内で昼食を取った。

 コーヒーが欲しいところだが、ルイボスティーっぽいハーブ茶をいただく。


 さすがに飛空艇内で火を焚くわけにはいかず、熱源はアンナが持つ火の精霊石から取った。


 空の旅での優雅な軽食……と、言いたいところだが、スフィスは眉間にしわを寄せている。 

 火の精霊石に目をやりながら、険しい顔でつぶやいた。


「……皆も錬金術師どのも……。すまぬが里では精霊石は禁忌なのだ。その点は承知していてほしい……」


 自然や精霊と親しむエルフにとっては、精霊を結晶化して化石燃料のように消費する技術はあってはならないことなのだろう。


 スフィスからはエルフの里の予備知識として、大まかな彼らの価値観や暮らしぶりを聞いた。


 決して敵対的ではないが、閉鎖的な側面があること。

 自然や精霊との共生を第一に考えているので、本来であれば、アンナのような先進的な錬金術師とエルフの価値観は合わないようだ。


 気難しいスフィスは、錬金術師の同行を快く思っていないことだろう。


 しかし、謎が多い『踊る奇病』の対策ができるのはアンナを置いて他にはいない。


 エルフの村からの救援要請に応じるためだ。

 価値観の違う者同士だが、協力し合ってもらわなければならない。 


 ◇ ◆ ◇


 法王領の上空を過ぎ、さらに半日ほど飛び続けた。

 俺は資料を読み疲れて、眠ってしまっていたようだ。


「おかしい。この先から『帰らずの大森林』になるはずなんだが……」


 スフィスにうながされて、俺たちは目を覚ました。


 眼下には荒涼とした大地が広がっている。

 大森林は見えない。

 それどころか、命の息吹を感じられない寂莫とした砂漠地帯が延々と広がっていた。


 砂に雪が少し降り積もり、おしろいを塗ったような地面。

 冷たい風に巻き上げられて砂と粉雪が舞い、荒野を疾走するように流れていく。


 外気は恐ろしく冷たいのだろう。カプセルの中でも、底冷えがするように感じた。


「里帰りは100年ぶりだったっけ? まさか気候変動」


 俺は、スフィスに尋ねた。

 表情をこわばらせた彼は、信じられないといった面持ちで何度も景色を覗き込み、首を傾げた。


「……分からない」


「……いいえ。精霊の力がとても乱れています」


 レモリーは指先に風の精霊を呼び出したものの、緑色の光は不安定に揺らめき、すぐに消えた。

 その様子に、アンナの眉がピクリと動いた。


「……人為的な影響を感じるぞ。そちらさんのエルフが大嫌いな錬金術師の何かだッ……」


 …………。

 行けども行けども、荒野の景色は変わらない。


 たどり着いたエルフの里はどこにもなかった。

 不帰の大森林ごと消えていた。

次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


エルマ「最近アメリカでは動物の着ぐるみを着て生活する人々が流行だとか♪」


知里「毛皮族ファーリーズという人たちでしょう。全米で推定25万人もいるんだってね」


小夜子「ウッソー? ホントー? 信じられなーい!」


直行「この話がアップロードされた24年1月16日オクラホマ州議会議員によって、毛皮族に対する法案※が提出されたらしい」


※想像上の動物や動物種を名乗ったり、着ぐるみを着てファーリーズとして擬人化行動をとることを学校で禁止するという法案。着ぐるみを着て登校してきた生徒は、保護者が学校まで迎えに行くことが義務付けられるという。


直行「もし保護者が迎えに来られない場合は実際の動物を扱う『動物管理局に通報し、生徒を退去させる』んだって」


エルマ「まあ動物を名乗る以上は当然ですわ♪」


知里「でも反対意見もあったり、ファーリーズを擁護する意見もあったり、なかなか一筋縄ではすかないみたい」


小夜子「夜道で会ったらビックリしちゃうわよね」


直行「次回の更新は1月30日を予定しています。『毛皮族のコボルト』お楽しみに」

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