617話・領主のお仕事2(ふたつの嘆願書)
「一体いつになったら娘に会わせてくれますの!」
ヒナの両親(小夜子ではなく、この世界の実父母)は、ほぼ毎日ロンレア邸を訪れて嘆願してくる。
俺が法王庁でラーと命がけの交渉を行っている際にも、詰めかけていたようだ。
「親書はすでに何通も送っています。返信がない以上、こちらから押しかけるわけにもいきません。娘さんは、いまや勇者自治区の国家元首なのですから」
その都度、俺はそう答えているのだが、話は平行線だ。
子を思う親の強い気持ちが、伝わるとは限らない。
勇者自治区のヒナから返信がない以上、できることは限られているし、こちらからアポなしで両親を連れて突撃するわけにもいかない。
もちろん嘆願に訪れるのは、ヒナの両親だけではない。
人口3000人といえども、人が集まればトラブルは起こる。
ロンレア領で実質的な領主をはじめて、すでに結構な時間が経過しているが、この手の仕事にはなかなか慣れなかった。
税収や輸出入などの細かな数字はギッドら内政組に一任してあるため、相談しながら決められる、しかし問題なのが、日々のやるべきことに加えて、突発的なトラブルへの対応も求められることだ。
「隣人が井戸の水を独占するので困っている」
「飼っていた牛の様子がおかしいんです。司祭様を派遣してください」
こうした住民トラブルから、家畜の病、縁談や別れ話に単なる愚痴に、俺は耳を傾けて誠心誠意、対策を示す。
ある意味で、領主の仕事とは住民の希望やクレーム請け負い係のようなものだとしみじみ思った。
裁判所のような場所はあるが、寄り合いとか町内会の延長のようなものだった。
まだまだ法整備されているとは言い難く、今後の課題となっていた。
それでも災害対応がないだけでもありがたいと思わなければ……。
◇ ◆ ◇
「直行しゃま~。ジャガノの件なんでしゅけど~……」
料理人ワドァベルトも、仕事の合間によく訪ねてきて、俺に嘆願する。
彼は転生者で旧・異界風店主、現・帝国宮廷料理人だ。
一方、ジャガノは俺を逆恨みしてクロノ王国に走り、魔物へと姿を変えて復讐に挑んできた。
錬金術師アンナによって首と内臓だけの姿にされてしまったが、エルマによる人体再生術の実験台となり、元の姿を取り戻していた。
とはいうものの、あまりにも反抗的なために地下牢に閉じ込めているのだが……。
元雇い主でもあるワドァベルトは、そんな彼を案じているようだ。
「すまないがワドァベルト。危害を加えてこない保証がない以上、ジャガノ青年を解き放つことは厳しいよ……」
人を裁くのは難しい。
この世界では、割と簡単に人が処刑されていく。
現代からの転生者の勇者トシヒコだって、秘密裏に反逆者を始末していた。
それゆえ平和主義者のヒナが“悪人のいない”夢の理想郷を追うことができた。
「直行ッ。更生なら私に任せろッ! 脳の神経細胞をちょいといじれば真人間の完成だッ!」
「ロボトミー手術ならあたくしでもできそうな気がしますわ♪」
エルマの話は論外として、アンナの提案にも正直どうかと思う。
更生、とは言いつつも人格改造というのは気が引ける。
それは暗殺者だった“虎”の処遇でもそうだ。
牢に閉じ込めることしかできず、冷酷な処断を下せないでいた。
俺は臆病になっているのかも知れない。
“蛇”のことがあれば尚更で、あの判断が正しかったのかどうか、悔いが残る。
できること、できないこと、それぞれ優先順位をつけて対処していくのだが……。
明確に結果が出ないこともある。
そんな中に混ざって、重大な案件の嘆願が舞い込んできた。
「直行どの。エルフの村、女王名義で“救援要請”と“ネフェルフローレン”の引き渡し要請が出ているが、どうする?」
エルフの射手スフィスを通じて出された要請は、ふたつ。
いずれも相当に厄介な要請だ。
エルフ村の女王、という違和感のある肩書だが、要するにスフィスの妹で、ネンちゃんの母親だ。
「……救援はともかく、ネンちゃんの引き渡しは俺の一存では決められない」
スフィスはもちろん、ネンちゃんやその父親のこともあるから無下にはできないが……。
まずは救援要請を考える。
人とはあまり打ち解けない、エルフの里からのSОSとはよほどのことだろう。
魔物がいなくなった世界で、何が脅威となるのか……?
考えられるとすれば、『踊る奇病』だろうか……。
クロノ王国からの侵略も考えられるが、クロノ王国の軍隊が動いた形跡はなかった。
とはいえエルフの里の詳細な状況が分からない以上、手の打ちようがない。
実際のところ、俺たちロンレア領は自警団の他に戦える集団がいなかった。
軍隊はおろか、警察制度もまだ整っていない状態では、他国の救援は難しいだろう。
「ただ、とりあえずでも、現場を見ないと分からない……よな」
人道上の救援はともかく、ネンちゃんの引き渡しに関しては、こちらは譲歩しない方針だ。
なぜならこの世界のハーフエルフはエルフの村を追放される。
ましてやネンちゃんの父親は、勇者を自称して女王を手籠めにしたと思われる。
引き渡せと言われても、ネンちゃんがどんな扱いをされるか分からない以上、応じるわけにはいかない。
それにあの子はいま小夜子の保護下にある。
エルフの里がどこの森にあるのかは分からないが、エルマの召喚獣“鵺”を駆れば、さほど時間を要さないで往復できるだろう。
「決まりだ。スフィスは案内を頼む。ネンちゃんの件に関しては、女王に謁見して話を聞く」
まずは少人数による電撃訪問と首脳会談。
詳細が分かってから、救援物資の輸送や支援ということでいいだろう。
◇ ◆ ◇
出立の朝。
メンバーは俺を含めて案内役のスフィス、護衛兼秘書役のレモリー。
『踊る奇病』対策班として錬金術師アンナと“皇帝”エルマまで出るという。
ロンレア領の最重要人物がこぞって出張して大丈夫なのか、という不安はある。
「だって直行さん♪ エルフですよ♪ 生エルフ♪ 生で見たいじゃないですかー♪」
エルマが調子よくはしゃいでいると、何となく気が抜けてくる。
そのときだった。
普段ほとんど行き来がないクロノ王国から手紙が届いた。
それはクロノ王国に潜入させた、神田治いぶきからの物で、書簡に紛れ込ませた極小記録媒体もあった。
さっそくスマホに読み込んだ俺は、まさかのツーショット映像に、わが目を疑った。
「……いぶきとラーが接触……だと?」
そこに写っていたのは、ツーブロマッシュメガネの神田治いぶきと、作業着を着た青年。
額の宝石はなかったが、見間違えはしない。
先の法王ラー・スノールの姿があった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話がアップロードされたのは1月15日♪ 小正月ですわ♪」
小夜子「昭和では成人式だったのよ!」
エルマ「それはもうさぞかしヒャッハー! な、世紀末成人式だったんでしょうね♪」
小夜子「そんなことないわ。卒業式と違って、不良も更生してたし、ミンナ大人になってたのよ!」
知里「暴れるような子は少年院か刑務所に入ってたり、式には出ないってことか……」
直行「成人式が荒れたのは平成になってからだったような気がするけどな」
エルマ「最近は成人式も大人しいですわよね♪ むしろ『暴れる新成人』というステレオタイプに大人たちがとらわれ過ぎている気もしますわ♪」
知里「むむ。何かお嬢がマトモっぽいこと言ってる」
エルマ「当然ですわ♪ さて次回の更新は1月20日を予定していますわ♪ 『過ぎた日のヒャッハー!』お楽しみに♪」




