60話・ヒナの目的と「世界を変える」ということ
「現実の世界で、募金やボランティア活動がどこまで届いてるか、人の役に立ってるかなんて実感できる?」
小夜子は唐突に、そんなことを言いだした。
「でもこっちの世界では、わたしが手を差し伸べることで確実に救える命があるから。わたしのやり方で、この世界をより良くしていきたいの」
小夜子は、その日が来るまで帰らないと言う。
「あー、ママには自治区で厚生労働大臣やってもらうつもりなんだけどね」
「勇者自治区って言うけど、トシちゃんが勝手に名乗った地域じゃない」
トシちゃん、勇者トシヒコを小夜子はそう呼ぶのか。
「自治区に関しては、ヒナが正式に自治権を要求して、国王から承認されてるよ。名称はまだ自治区だけど。いずれ正式に国家にするつもり」
「確かに、この地区の発展はすごいと思う。でも、わたしはいま困ってる人を助けたい。わたしのやり方でね」
「ママの分からず屋」
ヒナは頬を膨らませているけれども、小夜子の生き方も認めてる感じだ。
孤独で寂しそうなヒナが、小夜子と話している時だけ和らいでいる印象がある。
「やっぱり世界を救ったメンバーは言うことが違いますよね」
「……スケールがでかくてウチ頭クラクラするわ」
いぶきとアイカはそんな小夜子とヒナに心底感銘を受けているようだ。
「小夜子さま一代侯爵の称号も断っちゃったんでしょ、こうと思ったら聞かないところ、ヒナさまソックリ」
「アイカ一言多いよ」
俺はその話をずっと聞いていて、一つ疑問に思ったことがある。
もし、若い姿で召喚された小夜子が、この世界でこのまま年を取っていったら、ヒナはどうなるのだろう。
それか、小夜子がこちらで母親になるとしたら、またヒナが生まれてくるのだろうか……?
もちろん口に出すことはしないけれども、単純に気になるところだ。
いぶきは「何かのパラドックス」と言ったけど、異世界と現代社会の時間軸はどうなっているのか?
◇ ◆ ◇
主菜を一通り食べ終わると、最後はデザートだ。
またワゴンが運ばれてきて、メロンやマンゴーなどのフルーツや、色鮮やかなケーキなどが並べられていた。
ヒナはチョコレートケーキ。
いぶきはバスク風チーズケーキ。
アイカはマンゴーのパフェ。
小夜子はイチゴのショートケーキだ。
俺とレモリーは抹茶のムース。
ここにエルマがいたら、奴はタピオカミルクティー一択なのだろう。
「もっとも、ここにいる人たちと違って、ヒナは帰りたくても帰れないんだけどね……」
ヒナが、独り言のようにつぶやいた。
確かに、言われてみればこのメンバーで被召喚者は5人いるが、転生者はヒナ1人だけ。
転生者=それはつまり、現世では死亡しているということだ。
……ひょっとしたらだけど、「この世界から貧困をなくすまでは帰らない」と言う小夜子は、現代に帰れない転生者の「娘」ヒナの手前、遠慮しているのかもしれない。
俺の考えすぎかもしれないけれども。
「いや、ウチは帰りませんよ。転生者のつもりでヒナさまにお供する覚悟です」
気まずい沈黙になりかけたのを、アイカがフォローした。
「僕もです。この異世界を改革して、現代社会なんて比べ物にならない理想郷を作りましょう!」
いぶきも同調する。
ヒナは、誇らしそうに頷いた。
「ママにも手伝ってほしいんだけどね」
「わたしは、目の前にいる本当に困ってる人を助けるだけだから」
小夜子はそう言って、ショートケーキのイチゴから先に食べた。
その手の心理テストでは、好きな物を最初に食べる人は「自分の気持ちにストレートな素直な人」だったっけ。
どうでもいいが、小夜子に関してはその性格診断は当たっているような気がする。
ヒナはどうだろう。
チョコレートケーキは、先の部分から食べているけど。
「ヒナたちはこの世界を変える。魔王は倒したけど、まだこの世界は野蛮だし不衛生だし。どうせ帰れないのなら、最高の楽園にするために、みんなとがんばってるの」
ヒナの声には凄みがある。
勇者自治区の在り様と、このレストランのメニューなどを見れば、本気で世界を変えるつもりなのが分かる。
「直行くんは何をする人? 何のためにこの世界に呼ばれたの?」
「俺は……WEB関連の事業者で、借金返済するために呼ばれた商売人、みたいなものかな」
アフィリエイターって名乗りにくいんだよなあ。
「たった2カ月で、ヒナさま小夜子さまををはじめ、大変な人脈を築かれています。単なる商人とは思えませんけど?」
「インターネット、いいじゃない? 直行くん、ウチでネットインフラを開発するつもりならお金を出すよ。技術者が必要なら、召喚してもいい」
「『人間のアカシックレコード』は超貴重品だから、シビアな優先順位がありますけど」
ヒナといぶきは、目を輝かせて俺を見ている。
しかし残念だけど、俺はそこまでこの世界の変革に興味はない。
「すまない。言いにくいんだけど俺は、帰りたい」
皆、黙ってしまった。
ちょうどデザートを食べているタイミングなので、食器の音も聞こえず静まり返る。
そんな気まずい沈黙を破ったのは、ヒナだった。
「そっか。直行くんは帰りたい人か。なら、帰る方法を知りたいでしょ?」
ヒナは少しだけ残念そうな顔をしていたが、すぐに気を取り直したようだ。
「知りたい」
俺は即答した。
この世界から帰る方法、本当にあるのか。




