615話・奪還! ロンレア領
「……約束は守る」
俺からスマートフォンを取り上げた法王ラー・スノールは、それだけを言い残して部屋を出て行った。
静まり返ったジュントスの執務室では、夥しい血痕と、俺の手足が無造作に転がっていた。
部屋に残ったのは俺とジュントスの2人だけ。
俺は応急処置の回復魔法で止血を施され、長椅子に横になっていた。
現在、レモリーが大急ぎでエルマを呼びに行っている。
「人体再生魔法……エルマ嬢と拙僧での合体魔法ですか……鬼畜令嬢と合体……むむむ」
ジュントスは部屋を行ったり来たりしながら、不安げに呟いている。
女好きで知られた彼だが、どうもエルマが苦手らしい。
確かこの再生術は、ネンちゃんとエルマの合体魔法で作用した。
ジュントス×エルマというコンビは予想外というか、果たしてうまくいくか不安は残る。
◇ ◆ ◇
「……直行さん! まさか〝アレ〟を渡してしまったんですか♪」
そうこうするうちにエルマがやってきて、俺に尋ねた。
奴の言う〝アレ〟とは知里のスマートフォンのことだが……。
「しぃーっ。声に出すなエルマよ。俺だって苦渋の選択だった。知里さんとの約束を違えてしまったのだから……」
俺はもっともらしい言い方で切り返した。
法王の『天耳通』は、まさに地獄耳で、下手に隠すよりも「盗聴されていることを前提に」話すべきだろう。
無言で立ち去った法王は、三つの条件を飲むと明言したが、口約束に過ぎない。
それに加えて、この約束には俺たちの側に重大な瑕疵がある。
決して口に出しては言えないことだが、俺が渡したスマートフォンは、複製品なのだ。
「クク……♪ 直行さんも悪い人ですわ♪」
勇者自治区で売っていた電池切れのスマートフォンに、外装だけエルマの『複製』スキルで偽装したもので、知里から預かった本物は、金庫にしまってあった。
法王の交渉では、極端にもったいつけた挙句に条件を付けて偽物を渡した。
バレたら比喩でもなく消し炭にされる案件だが、条件を飲んでスマホを受け取った時点で、バレてはいないと確信している。
エルマに限らず、『複製』スキルでコピーした物体は、解呪魔法でも元に戻ることはない。
マナポーションの一件のときに実証済みだ。
そして中身は同じリンゴマークのスマホの機種違い。
異界人のラーが、見破るのはきわめて難しいだろう。
「それにしても直行さま。いくら何でも……無茶をしすぎです」
レモリーは水の精霊術の応用で、服についた血痕を洗い流していた。
……実を言えば、ラーに彼女を人質に取られて脅されたら、勝ち目はなかった。
花火大会で魚面にやったように、内臓を引き出して尋問する残酷な方法──。
ラーが魚面にそれをやったのは、彼女が暗殺組織〝鵺〟の元メンバーだったからなのだろう。
王族出身の法王という立場で、曲がりなりにも傘下のロンレア領の副官(しかもドルイド出身の女性)に残酷な拷問を科すことはしなかった。
良くも悪くも高潔な人柄なのだろう。
だから俺は、ああいったやり方で法王を出し抜けた。
命がいくつあっても足りないほどの修羅場ではあったが、俺は勝った。
◇ ◆ ◇
エルマとジュントスのコンビによる人体再生術は、どうにかうまくやれた。
2人ともお互いが苦手なタイプらしく、息は合っていなかったが……。
切断された手足をベースにエルマが『複製』を繰り出し、生きた状態に蘇らせた状態で、ジュントスの回復魔法によって「繋ぐ」これは花火大会で覚醒したエルマの能力だった。
「まさに神の奇跡を捻じ曲げる鬼畜の奇跡……。拙僧おそれいりました」
ジュントスは自分でも信じられないといった有様で、復活した俺の手足をさすっている。
……さすり過ぎな気もするが、スキンシップのつもりなのだろうか……?
この技術革新が、この世界にもたらす影響は、ジュントスが実際に施術をしてみて思い知ったのだろう。
俺としては、そう思いたい。
「直行どの。痛みや、どこか違和感はありませぬか?」
「直行さま……痛みますか?」
ジュントスもレモリーも、心底から俺を心配してくれている。
何気ないいたわりの言葉だったが、胸の奥に染みた。
「問題ない。ありがとう……」
俺は戻った手足を動かしながら、不覚にも泣いてしまった。
痛みも特にはない。
手足のついでに、欠けた左耳の先も復活している。
それにしても、エルマの奴がこれほどの能力を身につけるとは……。
奴もまた、“持っている側”の人間だった。
そう考えると少しだけ寂しくて、また泣けてきた。
「おや直行さん♪ さすが中年♪ 年を取ると涙もろくなりますわね♪」
当のエルマが肩をすくめて茶化している。
その瞳には涙を浮かべているが、たぶんウソ泣きだろう。
「……何にせよ、ロンレア領を取り戻したぞ」
俺は自分と、おそらくは話を聞いているであろう法王にに言い聞かせるように宣言した。
棚ぼた式に自治を取り戻したのは、まさに僥倖といっていい。
俺は、ゆっくりと立ち上がって両の拳に力を込める。
「まあ、あたくしの覚醒がなければ♪ 無茶はできなかったですけどねー♪」
「はい。お2人とも、お見事でした。ですが私たちの戦いはこれからです」
レモリーが「打ち切り漫画の定番の締め言葉」を言っていて縁起でもないが、ここからはさらに正念場なのは間違いない。
出し抜いたとはいえ、法王ラーは未だ健在。
クロノ王国の第二次侵略が迫る中、俺たちは勝ち抜いていかなければならない。
「エルマよ、レモリーも、いつか月虹に誓った約束。叶えてみせるからな」
俺は65点の男を自称したが、実際にはもっと点数が低いのかも知れない。
だとしても、負けるわけにはいかなかった。
何もかもうまくいかなかった俺が、全身全霊で挑んだ結果、世界が動いている。
あのとき伸ばした手が、つかむ栄光はまだ見えない。
だが、それでもおぼろげながら、手の中に小さな輝きがある。
つまづき、うちのめされながらも歩んできた道のりは間違いじゃない。
ロンレア領の奪還。
俺は、確かな手ごたえを感じていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「直行さん♪ あん肝いかがですか?」
直行「微妙にツナっぽいけど本当にあん肝なのか?」
エルマ「某巨大資本のあん肝寿司ですわ♪」
知里「生臭くないから食べやすいけど……」
小夜子「回転ずしであん肝軍艦が食べられるなんて、昭和では考えられないわ」
直行「どうせエルマはハンバーグとプリンしか食べないんだろうけどな」
エルマ「フライドポテトといちごのプレミアムプリンパフェもオススメですわ♪」
直行「次回の更新は1月10日を予定しています。『寿司、食いねえ……』お楽しみに」




