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614話・起死回生の一撃

「その手にある異界の遺物を渡せば命は取らない。約束しよう」


 俺と法王は睨み合ったまま、対峙していた。


 一瞬なのか、数分なのか──。

 どれくらい時が過ぎているのかも分からない。


 なくなったはずの俺の右手が痛み、激しく脈を打っていた。

 幻肢痛(げんしつう)というやつなのか、魔法による損傷の影響なのかは定かではない。


(らち)が明かないな。部屋を血で汚すのは本意ではないのだが」


 法王がおもむろに指先を示すと、光が弾け飛んだ。


「……!!」


 法王の一撃が、俺の左足を吹き飛ばした。


 大きく仰け反って、バランスを崩した俺だが、スキル『回避+3』が発動して机に右足と肘を預けて

転倒は免れた。


 ……ていうか、スキル『回避+3』ではラーの魔法は回避できないのか!


「次は左腕、その次は四肢を失う。……頭か心臓を撃ち抜かれる前に、異界の遺物を渡すことだ」


「…………」


 右手と左足の切断面から、脈を打って血が噴き出している。

 痛みの感覚と大量出血で、意識が混濁してきた。


 そのときだ。

 温かな光が傷口を包み込むように巡り、出血が止まった。


 回復魔法をかけたのは、ジュントスだった。


「何をするジュントス」


猊下(げいか)。これ以上は耐えられませぬ!」


 切断された右腕と左足は元には戻らないものの、少しだけ楽にはなった。


「法王猊下。拙僧、決して恥知らず殿に情けをかけているのではありませぬ。この者に意識を失われては尋問も、異物の譲渡もままならないと判断したため。……処罰はお任せいたします」


 何か言いたげな法王に先んじて、ジュントスは釈明し、頭を下げた。


「……そうか」 


 ラーも納得したようで、ジュントスを咎めるようなことはしなかった。

 俺はそのおかげで、ハッキリとした意識を繋ぎとめることができた。


「手足の状態。ロンレアに頼めば元通りになるだろうが、遺物の譲渡が条件だ」


 ラーは仕切り直し、とばかりに言葉を継いだ。


 追い込まれた状況は変わらない。


「…………」


 ……いや、待てよ。


 まさしく絶体絶命の危機だが、俺はあることに気づいていた。

 

 法王の口ぶりに焦りを感じる。

 追い詰められているのは、むしろ彼の方なのではないか、という想像だ。


 殺して奪うなら、とっくにそうしている。

 ジュントスの回復魔法だって、咎めることはできたはず。


 ラーは間違いなく焦っている。

 俺がスマホを出してから、二度も重傷を負わされたが、主導権はこちらにある。


 希望的観測なのかも知れないが、俺はそこに活路を見出し、全てを賭けた。


挿絵(By みてみん)


「……これを託されたのは俺で、アンタじゃない……」


 俺は、ゆっくりとかみしめるように言った。


「…………」


 法王の表情は変わらない。

 しかし、何も言わずに攻撃もしてこない。


 俺は、言葉をつづけた。


「……約束なら、すでに知里さんとしている……」


 レモリーもジュントスも、固唾を飲んで見守っている。


「恥知らずよ。突然、何を言いだしているのだ」


 ラーは首をかしげているが、俺の話を食い入るように聞いていた。


 法王に俺の心拍数はどう聞こえているだろうか……?

 ビビってると思われてはいないか……?


「……知里さんは俺に言った。『あたしは産休に入るから、代わりに世界の謎を解いておいて頂戴』と……な」


 俺は故意に笑いながら言った。


「だから何だ? 何が言いたい?」


 これは俺にとっての一世一代の舌戦だ。

 ふしぎな高揚感で、作り笑いが消え、この緊張感を面白いと感じている自分がいる。


「……法王さまよ。あの状況で知里さんはアンタにスマホを渡すこともできた。だけど結果として俺を選んだ。聡明なアンタなら、この意味が分かるはずだ」 


「……余では謎は解けない、と?」


 対話は完全に俺のペースだった。

 もしこれがバトルなら、俺の攻撃が法王に何度もクリーンヒットしている、なんてイメージだ。


 知里と世界の謎の話題は、言ってみれば牽制球だ。

 その名前を出せば、ラーは必ず意識する。


 俺はダメ押しとばかりに笑いながら、法王の眼前にスマートフォンを突きつけた。


「それはアンタ次第だろう。俺がこいつを渡すには、三つほど条件がある……」


 俺の顔はたぶん自信に満ちていることだろう。

 手足を吹き飛ばされたことで、開き直った。


 この状況下で、ラーがこれ以上の武力を用いることはあり得ない確信がある。


 ふと思ったことだが、ラーは20歳の青年なのだ。

 俺は32年生きている。


 年齢を重ねた分、苦労した分、心が強くなるとは思わないが……。


 それでも、俺も伊達に年をとっていない。

 年長者には若者ができない、泥臭く姑息な戦いも思いつくのだ。


 ラーを小僧扱いしていた勇者トシヒコが破れたのは、戦場で待っ正面から若者と覇を競ったからだ。

 野球でもベテランレジェンドプレイヤーが若手のホープに敗れることはよくある。


 魔導の天才だろうと、戦闘に持ち込まず、魔法が意味をなさない状況に追い込めば、裸の心と心の戦いだ。


「三つの条件とやらは何だと聞いている」


 ラーの声に、ほんの少しの怒気が混ざる。

 どのようなときも冷静さを失わない法王が、明らかに心を乱しているのを感じた。


「俺からの条件。ひとつはロンレア領の属国化を取り下げること。ふたつ、今後、俺たちに暴力を振るわないこと。 三つ、怪我を治すことを禁じないこと」


「……ずいぶんとふざけた条件を突きつけたものだ」


 ラーは渋っているようだが、この条件は軽いものだ。

 法王庁とロンレア領は元の状態に戻るだけ。

 俺なんて法王にとっては雑魚もいいところだし、その気になればいつでも始末できるだろう。


「世界の秘密を売るんだ。知里さんとの約束も反故にして。激安セールだろ?」


 俺は、左手に持っていたスマホを差し出して、法王に迫った。


 無造作にそれを取る法王。

 この勝負は条件と引き換えに苦渋の選択をした俺の負けにみえるだろう。


 だが、実際には俺の勝ちだ。

 なぜなら彼に渡したスマートフォンの中身、SIMカードは俺の邸宅の金庫の中だからだ。

次回予告


※本編とはまったく関係ありません。


挿絵(By みてみん)


エルマ「2024年♪ あけましておめでとうございます♪」


直行「今年中には、この物語も完結する予定だな」


知里「あたしたちの戦いは続く(完)サトミ先生の次回作にご期待ください」


小夜子「知里! 縁起でもないこと言わないでよ」


エルマ「次回の更新は1月5日を予定していますわ♪ 『俺たちの戦いは続く(完)』お楽しみに」


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