613話・知恵と肝
「最後に何か言い残すことはあるか」
法王の右手指先に魔力が集まっている。
俺の命を奪う光弾だ。
対抗する手立ては俺にはない。
そのことはラーも分かっているようで、憤るレモリーを左手で制す。
「ドルイドの女は何もするな。無益な殺生は好まない」
「うぐっ……!」
すさまじい形相でラーを睨んでいたレモリーが、短い悲鳴を上げた。
法王が行動を封じる魔法を唱えたのだろう。
体を小刻みに痙攣させながら、首筋から滝のような汗が流れている。
「彼女を殺さないでくれ!」
俺は両手を肩の高さに上げ、“降伏”のジェスチャーをしながら、叫んだ。
「……それが“最後の言葉”でいいな」
ラーはそう言って再度俺を見すえる。
脅しではないだろう。
“蛇”のときに続いて二度目の「命がけの選択肢」で、今度は法王の興味を引かなかったら即死亡。
今度は疑惑ではなく、法王ラーの追い落とし計画の現行犯。
この状況をひっくり返し得る選択肢は、ひとつしか思い当たらない。
「まだ……撃つなよ。法王さまに見せたいものがある」
俺は右手で降伏の意思を示しつつ、左手でポケットからスマートフォンを取り出した。
新品の黒い端末は、“俺の物”ではない。
知里から『世界の秘密を解き明かして』と託された物だ。
「…………」
予想通り法王の顔つきが変わった。
「知ってるだろ。これは知里さんから託された……」
息を整える余裕もなく、俺は話を続けようとした……。
「……え?」
目の前を、閃光のようなものがかすめる。
右手首から先に強烈な違和感と激痛が走る。
眼下に転がるのは、俺の右手。
「グわぁぁァァァ……」
何が起こったのか分からず、俺は意味不明に叫び声を上げながらのたうち回った。
……そのつもりが、身体が硬直して動かない。
ジュントスもレモリーも、固まったまま声も出せずにこちらを凝視している。
法王による『呪縛魔法』なのかは分からないが、動くことはできなかった。
ラーはそうした惨事などなかったかのように、無表情で語りかける。
「聞こえているか? 知里から託された? だから何だという」
冷静な法王とも思えない突然の攻撃に、俺は戸惑いながらも息を整えた。
「……知里さんが、俺に託したものだぞ……。……彼女と親しげに話していたようだが、知里さんと俺には信頼関係がある…………」
俺は硬直したまま動けなかったが、どうにか話すことはできた。
凄まじい悪寒と、熱を帯びた傷口の痛みで、意識は今にも飛びそうだったが……。
しかし残った左手に握られたままのスマートフォンは、ラーの興味を引いたようだ。
『だから何だ』とは言いながらも、法王の視線は俺の左手に釘付けだった。
俺は、法王に探りを入れるように訊いた。
「……異界の遺物? で見つかった? スマートフォン……。実物を見るのは初めてか?」
左手に持ったスマホをかざしながら、法王を見据える。
ラーもそんな俺の意図に気づいたようで、あえて視線を外したようだ。
「恥知らずよ。確かに知里は“それ”は個人的な思い出の品だと言っていた。“この世界の人々にとっては、まったく価値のないもの〟だとも言っていた」
ラーは興味のなさそうな口ぶりで言った。
しかし、本心は違うはずだ。
──知里が冒険したという古代遺跡から新品がスマホが発掘されたのは謎だが、『世界の秘密を解き明かす鍵』であるとしたら──。
法王が興味を示さないはずがない。
とはいえ“知里の個人的な思い出の品”という点は引っかかる。
俺が知っている彼女のスマホなら、ファンシードクロか、ゴシック調っぽいケースに入れているハズ。
潔癖で几帳面な彼女なら、最低でも保護フィルムは貼ってあるはず。
どう見てもこれは新品で、彼女の“思い出の品”とは思えない。
花火大会の後、ロンレア領に帰った俺は、試しに電源を入れてみたが、特に変わったところはない新品のスマートフォンだった。
個人を識別できるSIMカードは入っていたが、それだって特に変わった点はないように思えた。
異世界を何とかできるような摩訶不思議アプリは入っていなかった。
どこにでもある新品の工業製品が、世界の秘密につながるカギとなるのならば……。
おそらく、このスマホの“状態”は法王も知らないはずだ。
「恥知らずよ。そなたに選択肢はないが、命が惜しければ異界の遺物を渡してもらおう」
ラーはもう一度指先に魔力を集めて光弾を作った。
彼もまた直感的に、このスマホに意識がいったようだ。
……かかった。
俺は法王を知恵比べに引きずり込むことに成功した。
針の孔ほど小さな、勝利へのかすかな光明が見えた。
問題は俺に、痛みに耐えながら魔導の天才と渡り合う胆力があるかだが……。
俺はレモリーを見る。
彼女は呪縛魔法で身動きが取れないながらも、決死の表情で術を解こうとしている。
唇からは血が滲み、首筋と額には玉の汗が浮かんでいる。
ジュントスはそんな俺たちを心配そうに見つめていた。
法王に対して、俺の命をかけた一世一代の大勝負。
俺はエルマとレモリーに誓った、月虹の約束を思い出していた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「2023年の投稿も、今日が最後になりましたわね♪」
直行「ああ。いろいろあった1年だが、俺たちの冒険もいよいよ最終章だ」
知里「長い物語に付き合って下さってくれる方々には感謝の言葉しかないよね」
小夜子「長すぎて申し訳ない気持ちもあるけど、読んでくれる人の存在は、作者の力になっています」
直行「来年もよろしくお願いします」
エルマ「さて次回の更新は1月1日を予定していますわ♪ 来年も『恥知らずと鬼畜令嬢』をよろしくお願いしますわね~♪」




