59話・俺の知らない物語2
前菜を一通り食べ終えた頃になると、次のワゴンに乗って主菜がやってきた。
「美味そうだな、これは……!」
俺は驚き、心が躍った。
見るからに脂ののった獣肉や、人間の子供くらいの大きさの海老や巨大魚。
美味しそうな(?)食材が、氷の上に生のまま新鮮な状態で並べられている。
「当店では、厳選された旬の素材を、元・現代人のシェフが皆様のご希望に沿った調理法で提供させていただきます」
コック帽子を被ったあごひげの男が来て、言った。
皆、それぞれに好みを言うと、そのように調理してくれるようだ。
「じゃあ、ヒナは白身魚をポアレにしてもらおうかな。皮のとこカリッカリにして、中はトロフワな感じで」
「僕はシャロレー牛のロースをタタキで食べようかな。バルサミコソースで」
「ウチはそこのオマール海老っぽいやつ、グリルにして食べる」
「わたしは、そのへんの獣肉をトンカツにしてほしいわ。厚切りでね」
小夜子のトンカツも含めて、それぞれの個性にマッチした料理を頼んでいる。
俺はもちろん獣肉バルだ。
「俺は炭火が使えるなら、獣肉を豪快に焼いてもらおうかな。レモリーは鶏か?」
「いいえ。私も直行さまと同じものをいただきます」
意外だったのは、レモリーだった。
すっかり小夜子やアイカと打ち解けた様子だったけど、そんなにガッツリ食べて大丈夫か。
でも、この会食はアットホームな雰囲気で心地いい。
俺は炭火焼きの獣肉を頬張りつつ、ここでしか飲めないという現代風の黒麦酒やワインを堪能した。
テーブルではほとんどヒナがメインで喋りっぱなしだ。
時折、部下のいぶきとアイカが相づちを打ったり、小夜子がツッコミを入れたりして、話がはずんでいる。
「ヒナは転生者だけど、こっちの両親とはあまり仲が良くなかったの。だから12歳の時に家出したのね」
幼い頃から以前の記憶が濃かったので、転生前の母親=小夜子が恋しかったのだそうだ。
容姿も転生前の方が気に入っており、とある魔法道具で容貌を変えたのだという。
なるほど、母娘でどことなく似ているはずだ。
転生者という割には被召喚者のような雰囲気を纏っていることにも頷けた。
同じく転生者のエルマなんか、すっかりこっちの住人と同じ外見だっていうのに。
「確か前に、ヒナさまは旅芸人の一座にいたって言ってましたよね?」
「その話、ウチ知らないや。小夜子さまは知ってるの?」
「もちろん。そっか、あなたたちの世代は、ヒナちゃんの『グレン・メルトエヴァレンス一座』時代を知らないんだ……」
「だって小夜子さま、ウチといぶきが呼ばれたの、3年前ですよー」
俺とレモリーは会話についていけないけど……。
何と言ってもヒナと小夜子は魔王を倒した勇者パーティーのメンバーだ。
この世界でリアルタイムで聞ける武勇伝の中では、最高峰の話だろう。
「ウチ、素朴な疑問なんですけど。ヒナちゃんはどうしてお母さんを召喚しようなんて思ったんですか?」
「……それね」
その話は俺も興味があるところだ。
でもヒナは言いにくそうだった。
「……ある日、一座に傷だらけの女性が入ってきてね。ヒナに『人間のアカシックレコード』をくれたんだ。『転生者なら、懐かしい人にも会いたいでしょう』ってね」
……!
傷だらけの女と『人間のアカシックレコード』だと!
エルマと同じパターン。
「それって、何年前? ヒナちゃんさんが何歳の時?」
俺は思わず身を乗り出して聞いてしまった。
しかも話の腰を思いっきり折っている。
「直行さん。間接的にでも女性に年齢を聞くのは失礼ですよ」
「しかもヒナちゃんさんって……変な呼び方!」
いぶきに言われてハッとしたが、当の本人=ヒナは全く意に介さなかった。
「トシの檄文『魔王を討伐しようぜ』にグレン座長が応じて、魔王討伐隊が結成されたのは6年前。その前だから……8年前くらい。ヒナが13歳の時かな……」
俺とレモリーは顔を見合わせている。
エルマも13歳で「傷だらけの女」から『人間のアカシックレコード』を受け取って、俺をこの世界に呼んだ。
たまたま13歳だったというのは偶然かも知れないが。
しかし、「傷だらけの女」の話を掘り下げ、エルマの話を切り出す前に、話題は別の方向に逸れてしまった。
小夜子とヒナとアイカの会話で場は盛り上がっていた。
「わたしがこの世界に呼ばれたのは高2の夏だから17歳の時で、ヒナちゃんが14歳か」
「3歳しか年が違わないで親子って、ウチ頭おかしくなりそう」
「わたし当人が未だにピンと来てないわけだし」
「ヒナが召喚する時に、『人間のアカシックレコード』で年齢設定を間違えてしまったの」
年齢設定を間違えた?
そういえば俺も32歳なのに外見上は20歳くらいに若返っている。
だけど、俺は記憶は持ったままだ。
「ヒナちゃんとお互い生年月日を言ったらビックリよ!」
「えー、でもヒナさまの誕生日から逆算したらさ、小夜子さまがエッチした日が分かっちゃわない?」
「アイカ、やめて!」
ヒナは鋭い視線でアイカを睨みつけた。
一瞬で場が凍り付いてしまった。
「でもさ、わたしは未来に何があると言われてもピンと来ないのよ。だってわたしは現在を生きているのだから」
小夜子の言葉で、場の空気が少し和んだ。
ヒナの表情も和らいだようだ。気を取り直したように、天然炭酸水を口に付けている。
「こんなことを言うとまたヒナちゃんさんに怒られるかもしれないけど、小夜子さんって被召喚者でしょ。帰ろうとは思ったことないのか?」
俺はちょっと気になった事をおそるおそる尋ねてみた。
小夜子はトンカツを食べていた手を止めて、口元をナプキンで拭いてから答える。
「正直、こっちに来てから何か月かは毎晩泣いていたわ。両親に会いたいし来年は受験なのに……って。ヒナちゃんには悪いけど、娘なんて言われても全然ピンと来ないし」
「ママ……」
「でも、魔王を倒さなきゃ多くの人たちが命を奪われ続けるという現実があって。ヒナちゃんやみんなと、無我夢中で戦っていたの」
「魔王を倒した後、どうして帰らなかったんだ?」
俺としては非常に気になるところだった。
エルマは「帰る方法はある」と言っていたが、あいつのことだウソかも知れない。
小夜子は、少し寂しそうな顔をして、言った。
「この世界には困っている人がたくさんいるでしょう。目の前で飢えて亡くなってしまう命がある。向こうの現実では募金するかボランティアに行くかだけど、こっちの世界には、わたしが手を伸ばすことで救える命があるから、帰れない」
「だから、炊き出しか……?」
「うん、それも手段の一つね」
小夜子は大きくうなずいた。決意に満ちた表情だった。




