601話・蛇を弔う
シン・エルマ帝国──。
俺がその一報を耳にしたのは、領内のはずれにある草むらを掘っていたときのことだ。
〝蛇〟の墓を作っていた。
暗殺組織〝鵺〟の一員だった〝透明な蛇〟。
俺にそそのかされて、ガルガ国王の暗殺を遂げた。
彼女は物質的な報酬は何も望まなかった。
最高難度の〝仕事〟に挑み、無惨な死と引き換えに完遂した。
俺は彼女に約束していた。
もし上手くいったら、ロンレア領で〝透明な蛇〟を語り継ぐことを。
だが彼女のやったこと、俺がそそのかしたことをそのまま後世に語り継ぐことは、できない。
暗殺犯を賛美したり、その〝業績〟を語り継ぐことは、許されないことだ。
当然、大っぴらに記念碑などを立てるわけにはいかない。
それでも俺は、彼女を捨て置けなかった。
自己満足、独りよがりだとしても。
蛇と俺たちが死闘を繰り広げた場所に街道沿いの草むらに、それっぽい石を置いた。
そして内々で〝蛇石〟と名づけた。
俺がそそのかしたことは疑いようがなく事実だ。
向こうから命を狙ってきて、正当防衛だったとしても、牢に閉じ込めておくこともできたはずだ。
彼女の死は俺に原因がある。
それは背負わなければならない。
このことを知るのはごく少数で、この場にいるのはレモリーと魚面だけ。
石を運ぶ人手が足りないので、地下牢に捕えていた〝虎〟にも協力を要請した。
もちろん虎に詳細は言えない。
だが彼も何かを察したようで、暴れることもなく石を運んでくれた。
念のためレモリーの石の精霊術で逃げられないように拘束してはいたが、終始素直に従っていた。
「……俺らは闇に生きて闇に死ぬ。それだけの話だ……」
決して仮面を脱ぐことのない“虎”は、そう言って蛇石の前で胸に手を当てた。
暗殺者集団“鵺”について、俺は詳しいことは知らなかった。
虎は決して語らないし、記憶のない魚面からも、情報は引き出せない。
頭目の“猿”が何者かに呪殺されたことで、真相は闇に葬られてしまった。
ただ、彼らのような闇に生きる者たちは、決して根絶することはできない。
俺たち“統治者側”にできることは、彼らの“闇仕事”を監視し、被害者を出さない抑止力と、被害が出た場合に迅速に対処する警察力。
いまだ自警団レベルの治安維持しかできない俺たちにとっては、課題は山積みだ。
「それにしても……ちょっと寒いな」
ロンレア領には秋の風が吹きすさんでいた。
炎の精霊の影響力が強く、南国の気候だった領内だが、朝晩は涼しくなっていた。
「……はい。ヒナさまが召喚した異界の兵器の影響を受け、精霊たちが弱体化したことが原因とみられます……」
レモリーはそう説明してくれた。
聖龍を倒し、中央湖を半分干上がらせるほどの近代兵器“ミサイル”の召喚。
それは精霊たちをも弱体化させ、中央湖近隣の気候までも変えてしまうほどの影響を与えてしまった。
すべてはあっという間に、変わっていってしまう。
大罪の女賢者ヒナ・メルトエヴァレンス──。
──彼女は現在そう呼ばれるようになった。
しかしその悪名に気圧されることもなく、ヒナは中央湖と銀の海をつなげる大運河を建設中だ。
いずれは人工汽水湖として、水運や人工漁礁などの整備も進んでいるという。
さらに砂漠の緑化なども計画中で、異世界の改造は留まるところを知らない。
一方、俺たちはスキル結晶『理性』の取引中止に伴う工場の生産ラインの穴埋めとしてマナポーションの量産化をはじめた。
覚醒エルマの人体復元は精神力の消耗が負担らしく、実験を続けるにもMP回復の手段がほしいとのことだった。
エルマは錬金術師アンナ・ハイムの研究所にこもりきりで、夜な夜な怪しげな実験を行っている……。
てっきり俺は、そう思っていた。
そんな折、ギッドが血相を変えてやってきた。
「シン・エルマ帝国! あなたの指示ですか!?」
「な、何だそれ?」
「エルマお嬢さまが皇帝を名乗り、諸侯に号令をかけています! あなたの同意があると仰っていますが、事実ですか!?」
俺はポカンと口を開けたまま、レモリーと顔を見合わせた。
そもそもロンレア領は俺が法王ラーに“強制”の呪いをかけられた挙句、法王庁の傘下にされてしまったのだ。
それらを全部すっ飛ばして帝国宣言と皇帝の僭称──。
「聞いてない……よな?」
「はい……お嬢様の悪ふざけ……ではなさそうですね」
俺もレモリーも、調子に乗ったエルマの「吹かし」だと一瞬疑ったが、そうではなさそうだ。
いつも普段冷静なはずのギッドが、震える手で一枚の書状を差し出す。
そこに書かれていたのは、帝国宣言とクロノ王国に対する宣戦布告。
そして諸侯に参戦を呼びかける檄文。
わざわざ皇帝を示すハンコ=玉璽まで押してあった。
「……いて」
俺は胃が痛くなってきた。
「……それでエルマは今どこに?」
秘密裏に行っていた“蛇を弔う”式典を中断し、ギッドと共に奴に問いただすことにした。
レモリーと魚面には後に合流してもらうことにして、“虎”の護送を頼んだ。
「何だかとんでもねえことになりそうだなオイ! 闇の手が必要なら言ってくれ!」
神妙にしていた虎が、興奮して両の拳を打ち鳴らした。
シン・エルマ帝国を勝手に名乗られてしまった俺は、めまいを覚えながらエルマの元へ向かった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「あたくしたちの大冒険も今回から♪ いよいよ最終章ですわー♪」
知里「……足かけ3年に渡る大長編。長かったわね」
直行「600話を記念して? 作者は那須の殺生石の取材に行ったようだけど……」
知里「まさかラスボスは九尾の狐じゃないでしょうね……」
エルマ「狐といえばタヌキ♪ タヌキ顔の小夜子さんにも♪ もう一肌脱いでいただきましょう♪」
直行「これ以上脱いだらアカウント停止だぞ」
エルマ「次回の更新は11月5日を予定していますわ♪ 『まさかの垢BAN♪ 石の狐と裸のタヌキ♪』お楽しみに♪」
※2022年に割れたという殺生石。ちょっと妖怪っぽい雰囲気で画像を修正してあります。
撮影は23年10月27日




