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599話・落日のロンレア伯1

挿絵(By みてみん)


 旧王都のロンレア伯爵邸は常に閑散としていた。


 かつての使用人たちが戻り、庭の手入れや掃除などは行き届くようになり、見違えるほど屋敷は整えられたにもかかわらず、静まり返っていた。


 ロンレア伯爵夫妻も、日中ほとんど口を開くことはなかった。

 決して感情を表には出さず、淡々と日常を過ごし、生に倦んでいるようにさえみえた。


 そんな伯爵夫妻に合わせるように、使用人たちは勤めて静かに振る舞っていた。


 一人娘エルマとその夫、〝恥知らず〟直行の悪名は市井では聞かぬ日はないほど知れ渡っている。

 当のエルマも〝鬼畜令嬢〟という、不名誉この上ない汚名がつけられ、その所業が面白おかしく語られていた。


 悪い噂は絶えなかったが、直行とエルマはいまや諸侯たちの中でも抜きんでた存在感を示している。


 そんな彼らが治めるロンレア領は日の出の勢いで権勢いちじるしい。

 しかしロンレア伯爵夫妻は、娘夫婦についていっさい語ることはなかった。

 もとより転生者エルマの存在を隠し通すために、ほとんど社交の場からも遠のいていた身だ。


 さながら落日のようなロンレア伯爵夫妻の動向は、誰もが奇妙に感じていた。


「申し上げます……。法王庁よりラー・スノール法王猊下の特使が参りました」


 そうした折、旧王都のロンレア伯爵邸に法王庁からの特使があらわれた。


 取り次いだ使用人が、おそるおそる伯爵に知らせた。


「……今度は何か。どのようなご用件か」 


 エルマの父であるロンレア伯は、白髪の増えた頭に手をやりながら深いため息をついた。


 マナポーション横流し事件に端を発した、法王庁への背信行為。

 いつ破門を言い渡されてもおかしくはないほど、ロンレア伯爵家の肩身は狭い。


「……お通しせよ」 


 ロンレア伯は弱々しい声で告げた。

 法王庁の特使ともなれば追い返すわけにも会わないわけにもいかない。


 使用人に命じ、特使を応接間へと案内させた。


 かつて借金の差し押さえの札が貼られていた年代物の調度品は、磨き上げられて置かれている。

 奥の席には伯爵夫妻が座り、手前の席には特使が立つ。


「お初にお目にかかります。拙僧! ジュントス・バルド・ミヒャエラ・バルド・コッパイと申します! この度はラー法王猊下の親書をご持参いたしました」


 ずんぐりむっくりとした特使は、コッパイ公爵家を名乗った。

 ジュントスはすっかり忘れているようだが、ロンレア伯はこの男に見覚えがあった。


 決闘裁判で、忌まわしき異界人・直行と親しげに話していた聖騎士だ。

 とはいえ、公の任務で会うことははじめてだと言ってもいい。


 何にせよ王家に連なる者が、親書を持参すると只事ではない。


 ロンレア伯は席を立つと、ジュントスが差し出した親書を受け取る。


「確かに法王猊下の印……」

 

 封書の裏は蝋で閉じられ、法王の玉璽による印が施されていた。

 ロンレア伯はかつてその印を目にしたことがあった。


 魔王討伐戦での余剰マナポーションを買い取った際に受け取った領収の証しにも施されていた。


 転生者エルマの秘密を守るために、無茶な借金をしてまで若き法王にすり寄ってきた。

 あれから5年──。


 ロンレア伯は親書を手に取り、しばらく無言で見つめていた。

 破門か、エルマの処刑命令か、言い知れない不安が頭をよぎる。

 

 直行とラー、ロンレア伯の脳裏に相反する二人の顔が浮かんだ。


「目を通していただき、お返事をいただきたく思います」


 意味ありげに笑ったジュントスは、夫妻に一礼すると椅子に腰を掛けた。


「…………!!」


 やがて意を決したようにゆっくりと親書に目を通す。


 そこには愛娘エルマが編み出した新技術が魔法史を書き換え、世界を変えうる超技術であることが簡潔に記されていた。


 そして彼女を中心に、新魔法の研究プロジェクトが発足するという。

 これに伴い、エルマを魔法研究チームの責任者にすることに対する同意を求める一文が記されていた。


 今後法王庁がロンレア領を傘下に収める旨も記されていたが、ロンレア伯にとってはさしたる問題ではなかった。


 親書を読み終わったロンレア伯は、震える手で妻に手紙を渡した。


「娘にそのような大任が務まるでしょうか……」


 ロンレア伯は心配そうにつぶやいた。


「なあに心配はご無用ですぞ。法王猊下はご息女エルマさまをたいそう評価しておいででありますよ。ウシシシシ」


「…………」


 愛娘エルマに魔法の資質があることは知っていた。

 奴隷のレモリーを連れて図書室や地下室に入り浸っていたことも、咎めはしなかった。

 

 魔法の実験とはいえ、子供の遊びだと思っていた。

 異界から男を召喚したことは、腰が抜けるほど驚いたものの、おそらくレモリーが召喚した成果を自分がやったと言い張っていたのだと思っていた。


「当家は武門の家柄ゆえに、魔法については門外漢で、娘にそこまでの才能があるのか、恥ずかしながら存じ得なかったのですが……」


 ロンレア伯は、言葉を濁しながら考えを巡らせていた。


(この聖騎士、本当に猊下の特使なのか、それとも異界人・直行に連なる者なのか……)


 ジュントスの真意がまったく読めなかった。

 ロンレア伯は、再度意を決して尋ねた。


「直行どのはこの件をご承知なのかな。仮にもエルマの夫であるのだ。特使殿とも親しい間柄だと存じておりますが……」


 彼としては探りを入れたつもりだったが、ジュントスは意味ありげに太い眉を吊り上げてニヤリと笑った。

次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


直行「この話が投稿されたのは23年10月22日。運動会シーズン真っただ中だな」


エルマ「運動会といえば組体操♪ 派手な人間ピラミッドは最高ですわ♪」


小夜子「あれ危ないのよね。毎年けが人が出てるわ」


エルマ「見栄えが良くて頂点に立つ人が輝く一方、背面や底辺の人間は負荷がかかり、目立たずに苦しむ地獄の儀式♪ まさに社会生活を象徴するような行事ですわ♪」


知里「まあさすがに最近は規制や縮小させてるみたいだけど、昭和の文化でしょ」


直行「いや平成の終わりくらいまで人間ピラミッドの巨大化があったんだな」


エルマ「次回の更新は10月26日を予定していますわ♪ 『強制参加! 地獄の15段ピラミッド! 聖帝降臨』お楽しみに♪」


※次回、作者取材のため予約投稿を予定しています。

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