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58話・俺の知らない物語

「ママを召喚したのはヒナ自身なの」


 勇者パーティの主力だったヒナ・メルトエヴァレンス。

 俺を助けてくれた八十島(やそじま)小夜子(さよこ)の娘だという。


「意外ですよね。小夜子さま、とてもそんなお年には見えないし」

「ウチは初めてお会いしたけど、もっと年いってる方だと思ってました」


 ヒナの両隣には、肩にハイビスカスの刺青を入れたアイカと、意識の高そうなツーブロマッシュのメガネ男子・いぶきが座っている。

 2人は俺の6000万ゼニルの取引相手でもあった。


「この世界に呼ばれた時、わたし17歳だよ?」

「えっ? そうなんだ……」


 小夜子の話は、俺にとっては意外だった。

 てっきり、異世界に召喚されたタイミングで若返ったとばかり思っていたから。

 実年齢32歳の俺が、20歳くらいに若返ったように、小夜子もそうだと思っていた。


「わたし結婚はもちろん、彼氏だっていたこともないのに、ヒナちゃんに突然ママなんて言われて、ビックリしたわよ。今だって実感がわかないもん」

「……実際のところ、親子っていう確証はあるのですか?」


 いぶきのツッコミに、ヒナと小夜子は同じタイミングで頷いた。


「ママの両親、ヒナのじぃじとばぁばのフルネームが同じ。実家の住所、固定電話の番号も一致したから、間違いないでしょう」

「でも、わたしの結婚する相手のことは絶対に教えてくれないのよ?」

「それはそうでしょう。ママは被召喚者だもん。万が一帰って別の人と結婚したら、ヒナが生まれなくなっちゃわない?」


 ヒナはそう言って笑った。

 少し憂いがあるように感じたのは、俺の気のせいだろうか。

 一見、華があって朗らかに見えるけれど、どこか寂しそうな人だ。

 寂しそうといえば知里もそうなんだけど、ヒナの方がより孤独が際立っている。


「それって何かのパラドックスじゃないですか? この世界は異世界でしょう。未来じゃないですよね」

「難しい話はやめにしましょう。せっかくのディナーなんですもの!」


 いぶきの話を、ヒナは強引に打ち切った。


 手元にあるベルを高らかに鳴らすと、前菜を乗せたキッチンワゴンがやってきた。

 温かい蒸した貝や、冷たい生ハムのようなもの。

 白身魚の地中海風の南蛮漬け(エスカベッシュ)

 モッツァレラチーズとトマトっぽい野菜のカプレーゼ。

 色鮮やかで、盛り付けも華やかな前菜が並べられた。


 コース料理だけど、めいめいが好きな物をチョイスできる仕組みだった。

 ガラス製のグラスにスパークリングワインや炭酸水を注いで乾杯。

 飲み物も好きな物を選べた。


 魔法式の冷蔵庫のような設備があるそうで、適温のワインもキンキンに冷えた麦酒も呑み放題。

 もっともヒナちゃんはアルコールが苦手らしく、炭酸水だった。

 いぶきもアイカも手慣れたもので、適当に前菜を選んでいる。

 小夜子は目をパチクリさせながら、取り皿を持って固まっていた。

挿絵(By みてみん)

「ナニコレ~、美味しそうだけど、何を食べたらいいか分からないわね」

「ヒナ、牡蠣のコンフィが好き。ママに取ってあげる」

「コンフュなんて、混乱しそうな名前じゃない」

「ママ、それは混乱(コンフュージョン)でしょ」

「いただきま~す」


 小夜子はおそるおそる牡蠣を口に運ぶと、驚いた顔をしてヒナを見た。


「美味しい~」

「でしょでしょ。水牛のチーズも食べてみてよ、ママ」


 小夜子とヒナは仲良く(?)お皿に盛られた前菜に舌鼓を打っている。

 いつも大釜でカレーや豚汁を作り、汗だくのビキニ姿で一生懸命に炊き出しボランティアをしている小夜子からは、想像できないひと時だった。


「はい、直行さまは何をお召し上がりになりますか?」

「牡蠣も美味そうだけど、やっぱ生ハムだな。あとチーズ」

「はい。やはりお肉ですね」


 レモリーは手際よく皿に取ると、そっと俺に差し出してくれた。


「レモリーさんも遠慮しないでモリモリ食べようよ。ねえヒナちゃん」

「ママの言う通り。旬のきのこと甲殻類のアヒージョなんてどう?」

「いいえ、私は従者ですので……」


 レモリーは申し訳なさそうに言った。

 その様子に、ヒナは眉間にしわを寄せた。


「レモリーさんと言いましたっけ。旧王都の伯爵家の従者だそうね?」

「はい」

「あなたの主人である伯爵さまがどんな人かなんて、ヒナにはどうでもいい。あなたはあなたよ。ただ、ここに来てくれた以上は、料理を楽しんでほしいかな」

「はい……申し訳ありません」

「ちょっとヒナちゃん! そういう言い方は良くないわよ。レモリーさんごめんなさい」

「いいえ。こちらこそ、己の立場もわきまえず……」


 小夜子がフォローに入ったものの、レモリーは消え入りそうなほど小さくなってしまった。


 考えてみたら、この席でレモリーだけが転生者でも被召喚者でもない。

 立場上もロンレア伯爵家=保守派の貴族の従者だ。

 俺がレモリーの立場だったら、胃に穴が開きそうなほど居づらい会食の場だ。


「レモリーには今回、化粧水の実演販売などに協力してもらったんだ。敵に襲われたときも、命がけで積み荷を守ってくれた。マナポーションの取り引きで考えたら、大変な功労者だ」


 俺は誰に言うわけでもなく、レモリーを称えた。

 実際、彼女が必死で戦わなかったら商取引も母娘の再会もなかったはずだし。


「だから、レモリーがこの場にいる資格は十分にある」

「直行君の言う通りよ!」


 すぐに小夜子が賛同してくれた。


「僕が護衛から聞いた話では、獅子奮迅(ししふんじん)の活躍だったそうですね。そんなわけで、レモリーさん。どうぞ遠慮なさらずに」


 いぶきも続く。


「レモリーは堂々として、遠慮なく食べて大丈夫だ」

「ですが……」

「くどいよ、レモリー。そんなこと言ったらウチなんて、何もしてないじゃん?」


 初対面であるはずのアイカも同調した。


「この流れだとヒナが悪者っぽい感じになっちゃうから、お願い」

「はい。ありがとうございます……」


 普段はクール&ビューティなレモリーの目に、涙がにじむ。

 彼女がどんな理由でロンレア家に仕えたのか、どんな人生を歩んできたのか、俺はまだ何も知らない。

 しかし、彼女の生真面目さと不器用な性格は、何となく分かり始めていた。


「はい。では遠慮なくいただきます」


 大粒の涙を流しながら前菜を口に運ぶレモリーに、人のいい小夜子とアイカがもらい泣き。

 3人がポロポロ泣きながらスパークリングワインを飲み干すしぐさに、俺といぶきは思わず吹き出してしまった。


挿絵に前菜を描くべきところをメインディッシュを描いてしまったり、小夜子の小皿を描き忘れてしまったり、ツッコミどころは多々ありますが、会食とキャラの雰囲気だけでも伝われば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 未来の自分の娘を知ったわけですか、中々複雑ですが、将来の結婚相手を教えないのは歴史改変と自分の存在を考えるとやむなしですね。
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