5話・異世界改革と聖龍さま
廊下を突っ切って2階のバルコニーに案内された。
そういえばこの世界に召喚されてはじめて触れる外の空気だった。
暑くもなく寒くもなく、湿度は低い感じだ。
でもカラカラに乾燥しているわけでもなく、ふしぎとしか言えない気候だ。
俺たちのいた世界とは違う、魔法めいた風のにおいがした。
目の覚めるようなコバルトブルーの空。
その青空を突っ切るように、ひこうき雲ほどに巨大な魚が悠然と上空を泳いでいる。
深海魚のリュウグウノツカイに似ているが、全身が虹色に輝いていてとても神々しい。
上空何千mを飛んでいるのか知らないが、あまりにも大きくて体長は見当もつかない。
「……オイ! 何だよあのデカいのは」
「法王庁に住まう聖龍さまですわ♪ 最近は旧王都でもよく見かけますの♪」
「人を襲ったりしないのか?」
「まさか。聖龍さまは空の魔物や邪気を食べると言われています。魔王がいた頃は魔物も多かったですから、とてもありがたい存在ですの♪」
何というか、素材とかガンガン取れそうなイメージだけど、そんなことを思うのは不謹慎か。
空を泳ぐ龍に圧倒されてしまい、改めてここが異世界なんだと思い知った。
大空を舞う深海魚のような聖龍から視点をエルマの邸宅に戻す。
エルマの邸宅はそれほど広いわけではないものの、手入れの行き届いた庭が広がっていた。
「現在あたくしが住んでいるここは旧王都の貴族街です。新王都や勇者自治区ほどではありませんが、再開発の波にのまれて活気づいていますわ♪」
この邸宅は小高い丘の上に立っていた。
そこそこ見晴らしが良い。
向かいにはもっと高い丘があり、王宮と思われる豪華な建築物が見える。
周囲には確かに中世風の街並みが広がっているけれど、やたらと建設中の建物が多い。
建築作業に魔法が使われているのだろうか、カラフルな光線がスパークする様子が見えた。
新しく建てられている建物は、思っていたものより若干近代的な印象を受ける。
中世のゴシック様式だった街並みが、すごい勢いで近代建築に移行しているような。
さすがにモデルハウスや高層ビルはないけれども。
それらと比べれば、エルマの邸宅は旧式というか、落ち着いている。
「想像していた中世ファンタジー風の世界と少し違ったので驚いたよ」
「でしょう。でも、ほんの6年前までは、まさにあたくしたちがイメージする硬派なファンタジーっぽい風景でしたのよ」
「それがどうして、急に変わったんだ……?」
「魔王討伐戦で、この世界を苦しめていた魔王が討ち取られました。魔王討伐軍の多くは転生者や被召喚者で、リーダーの勇者トシヒコさまは、元ひきこもりのニートだったそうですわ」
「ほう」
「英雄となった彼らは、急速に世界をつくり変えています。足りない技術があれば、現代日本から技術者を召喚したり」
俺も連れてこられた一人というわけだ。
目的は借金返済だけどな。
エルマお嬢様と勇者一行の関連性はまだ分からない。
それにしても新しい技術に関して、誰もブレーキをかけずに皆やりたい放題やってるということか。
「あちらをご覧くださいませ」
エルマが大通りを行く馬車を指さした。
取り立てて代わり映えがしないようにも見えるが……?
「タイヤがついていますのよ。サスペンションもあるので乗り心地は最高。便利なものはあっという間に普及しますの。でも、ファンタジー感が台無しでしょう♪」
目を凝らしてみると確かに動きがスムースだ。
とはいえ実物の馬車なんて現実世界でもお目にかかったことはないけれども。
「ゴムなんて異世界にもあるのか?」
「異世界から『召喚』したのですわ。ガラスだって昔は珍しかったのですけどね♪」
「あー、こりゃそのうちネットが普及してロケットが飛ぶかもわかんねーな……」
もっとも、悠然と空を泳ぐ巨大な聖龍さまのインパクトなぞに比べたらかすんでしまうのだけど。
まあエルマにとっては空の龍はおなじみの風景で、馬車のタイヤの方が衝撃的ということか。
「……で、そんな世界情勢と、このマナポーションがどう関係してるんだ?」
俺の問いに、エルマは少し肩をすくめて語り出した。