595話・ロイヤル&セレブリティーズ・ガールズトーク
サンドリヨン城の応接室にて、急遽お茶会が開かれることになった。
「アニマ殿下。この度はわが自治区への御来訪、こころより歓迎いたします。ようこそ! 勇者自治区へ」
他国からの賓客だが、急な非公式訪問ということで、今回はきわめて私的に催された会だった。
給仕を務めるのは、初老の紳士。レストラン・アエメリアのヘッドウェイター。
彼は元の世界ではかなり名の知られた高級レストランの給仕長を務めていた。
ヒナに召喚されたときにはすでに故人であったが、彼女はそのことを知らない。
「どうぞお席へ、アニマ殿下」
ヒナは前世の芸能界時代から磨き上げた笑顔でアニマ王女を席へと案内する。
テーブルの上には三段タイプのケーキスタンド。
下段には水耕栽培のレタスと燻製ベーコンのクラブハウスサンド。
中段に置かれたのはメープル&ウォールナッツのスコーン。
上段にはハート形の小皿で焼かれた焦がしキャラメルのクリームブリュレ。
アクセントにミントの葉とキイチゴが添えられている。
英国式を模してはいるが、メニューと作法は厳密なものではなくて、柔軟にアレンジされたものだ。
クラシカルな調度品が並ぶ応接室には、ヒナと小夜子、アニマ王女の三人が座る。
給仕長や王女付きの侍女は別室にて待機、警備もつけないという異例中の異例の対応だった。
供されるお茶はヒナの好むアプリコットティー。
「突然押し掛けたにもかかわらず、歓待してくださってありがとう。ひとつだけお願い、いいですか?」
改まった様子で、アニマ王女が言った。
「できることであれば、何なりと」
ヒナはいつもの堂々とした態度ではなく、少し不安げだった。
「ここは自由の国なんでしょう。聞けばこの地に住まう人たちは気軽に名前で呼び合っているとか……。わたくしのことも、アニマと呼んでくださると嬉しいわ。殿下はやめにしてくださいませんか?」
アニマは柔和な笑みを浮かべながらも、毅然とした立ち振る舞いだった。
ささいな所作ではあったが、この王女は見かけよりもずっと意志が強いと、ヒナと小夜子は察した。
「分かりました、アニマさん。わたしのこともヒナと呼び捨てにしてください」
「わたしのことも、小夜子って呼んでください!」
小夜子の笑顔は自然だったが、ヒナは笑顔がぎこちなくならないように注意しながら返した。
「とても嬉しいわ、ヒナさん、小夜子さん。先ほどの霍去病の非礼、改めてわたくしからお詫び申し上げておきますね。ごめんなさい」
「アニマさんが謝ることじゃありません。異なる世界同士、価値観が違うのは当たり前です。ヒナも少し、やりすぎました」
領空侵犯をしてきた相手に対する反応としては問題なかったものの、ヒナには後ろめたさはあった。
アニマ王女の実兄ラーと死闘を繰り広げ、聖龍を斃し、悪評も知れ渡っている。
異世界人にとっては大罪人に等しい。ヒナにとって、今後の外交関係にはそれがつきまとう。
「いえ、いいえヒナさん。お気になさらないで、どうか」
アニマは優しい声色で言った。
外交慣れしているはずのヒナが、ぎこちない態度だったことには気づいていた。
「本当に、何もかも素敵なお住まいですね、ガラス細工のよう、とてもお城とは思えません」
アニマ王女はバルコニーから外を眺め、故意に話題を変えた。
彼女にとって、城とは守りの拠点であり、軍事活動とは切っても切り離せない。
サンドリヨン城のような、防衛という概念のない「お住まい」は、考えもしなかった建造物だ。
「……まあ、モデルがテーマパークという、遊園地……いえ、遊戯施設? 何といったらいいのか、夢の国、みたいなものなので……」
ヒナは少しだけ言葉に詰まった。
傍若無人なネオ霍去病と一緒にすべきではないが、アニマ王女の屈託のなさもまたやりにくい。
普段なら何てことのないガールズトークで流すような他愛のないところでも、ヒナにとっては、引っかかってしまう。
「夢の国、なんて素敵ですね!」
柔和な笑みを絶やさない王女だが、ヒナはその表情と言葉に隠された意図があるのではないかと思った。
聖龍を討った張本人だという負い目があるのかも知れない。
「ヒナさんがわたくしたち達と同じように、心を持つ人間であること、女性であることに、わたくしはとても安心いたしました」
「……」
アニマの言葉の裏には、魔王討伐者で法王と死闘を繰り広げ、聖龍を討ち取った異界人であるにも関わらず、という意図があるのではないか……。
疑心暗鬼の泥沼で作り笑いを浮かべるヒナに対し、小夜子は真っすぐにアニマを見て言った。
「単刀直入にお伺いしましょう、アニマさん。どうして、急にトシちゃん……いえ、勇者さんを見舞いたいと思ったのです?」
小夜子の率直な問いに、アニマは目を丸くした。
「……聖龍さまがお隠れになり、兄たちも消息不明。今後、この世界は……荒れるでしょう。だからわたくしは、価値観の違う両国の懸け橋となるために、無理を言って押しかけてきたのです」
ゆっくりと言葉を選びながら、アニマ王女は答えた。
彼女が言った「兄たち」という言葉を、ヒナも小夜子も聞き逃さなかった。
クロノ王と法王の妹である王女だが、どちらかの密命でやって来たのかどうかは分からない。
屈託のない笑顔を見せる王女だが、腹の底は定かではない。
「……トシヒコが意識不明の現在、この婚約は破談ではないかと囁かれています。ガルガ国王陛下も閲兵式こそ発表しましたが、わが自治区との縁談については現在のところ何ら言及はありません」
ヒナは表情を崩さず事務的に説明した。
「兄の意向ではありません。わたくしとしては、花火大会の際にトシヒコ様から直々に求婚され、謹んで承りました。心はすでにトシヒコ様に嫁いでおりますゆえに、せめてお傍にいたいと思い定めております」
そう言い切ったアニマは、大きく息を吐くと少しだけアプリコット茶に口をつけた。
「……その真意はアニマさんがこの地に留まり、戦乱の抑止力になりたいということですか……」
あえて探りを入れなかったつもりが、王女自ら懐に飛び込んできた。
ヒナの手のひらには汗がにじんでいた。
他愛のない会話だが、まるで戦闘のように緊張している自分に気づいた。
(政治と恋愛……これも戦いだ……)
ヒナの心臓が不安げに脈を打つ。
片思いをしていた相手に、ぐいぐいと踏み込まれていった感覚。
恋愛に関してはまったくの奥手だったヒナにとって、やすやすと主導権を握られてしまったような、
何とも言えない敗北感に苛まれていた。
「……ええ、分かりました、承知しました。勇者トシヒコの……ハーレムへとご案内いたします」
アプリコット茶を飲み干し、手配するヒナの額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「実はヒナも初めて入るんです……」
苦笑いを浮かべるヒナとアニマの間に緊張した空気が流れた。
(ヒナちゃんも王女も大変ねえ。わたしは色気より食い気でいいや)
小夜子はキョトンとしながら、思い出したようにレタスと燻製ベーコンのクラブハウスサンドを頬張った。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「直行さーん♪ 青い鳥の行方が分かりましたわ♪」
直行「……って、前回の次回予告の続きかい!」
エルマ「アイコンを青い鳥に戻す変更方法は、Chromeウェブストアなどに登録されている拡張機能を利用したり、いろいろあるそうです♪」
知里「まあ、青い鳥は落ち着くね」
直行「『X Be Gone』『GoodbyeX』なんて、穏やかじゃないネーミングだな」
エルマ「ちなみに今回のネタは読者様よりいただきましたわ♪ いつも次回予告を読んで下さり、ありがとうございます♪ 作者はツイッターほぼ休眠状態のようですが、お知らせありがたいですわー♪」
直行「さて次回の更新は10月8日を予定しています。『帰って来た青い鳥』お楽しみに」




