594話・霍去病がやってきた
勇者自治区に強制侵入したクロノ王国の小型飛空艇から、騎士に取り巻かれたアニマ王女と古代中国風の鎧を着た吊り目の男が、見下ろしていた。
この男の名はネオ霍去病──。
クロノ王国〝七福人〟筆頭格であり、全ての過去を見通せる能力『宿命通』の所持者でもある。
加えて、ガルガ国王の異母弟という「秘密」を抱えていた。
「あぶねえ……! トシヒコさんだったら撃墜命令を出してたぞ……」
緊急事態を報告した監視は青ざめていた。
ヒナと小夜子は互いに顔を見合せ、眉根を寄せる。
クロノ王国の領空侵犯はこれまでも何度かあったようだが、王女と宰相格が乗り合わせてくるなど前代未聞の出来事だった。
「ヒナなら撃たないと判断したのか、アニマ王女もろとも撃たれても無事でいる自信があったのか……それとも、撃たれてもかまわないと思っているのか……」
何にせよ、一筋菜緒ではいかない相手であることは間違いなさそうだ。
ヒナと小夜子の背中に、冷たい汗が伝った。
「油断はできないよ。エルマちゃんの顔面を蹴飛ばすようなヤツだ」
ミウラサキは眼前の霍去病と、上空の飛空艇を交互に見ながら、不測の事態に備えている。
騎士団や霍去病が仕掛けてきたら、即座に時間操作で対応する。
飛空艇が発砲してくる可能性もゼロではない。
ミウラサキの直感は、霍去病らの動きに不穏なものを感じていた。
そうした緊張感の中、霍去病の声が周囲に響いた。
「……これはこれは英雄の皆々様ァ! 総出でお出迎え、恐れ入りますッ!」
拡声器のような術具を取り出し、大声で叫んでいる。
へりくだりながらも、どこか人を小馬鹿にしたような物言いは、相変わらずだとヒナは思った。
それと同時に、飛空艇は着陸態勢をとった。
「……ヒナさま!」
警備の兵たちが、険しい顔でヒナを見る。
領空侵犯に加え、無断で着陸しようとすることに腹を立てている様子がうかがえた。
「王女の御前です。こらえましょう」
ヒナが警備兵を制し、頭上の飛空艇に手招きをする。
しかし彼女に笑顔はなく、密かに臨戦態勢をとった。
クロノ王国の小型飛空艇は無遠慮に勇者自治区の港に降り立った。
水位が下がったとはいえ、激しい水しぶきが上がり、港湾の作業員や警備の兵たちを濡らした。
「勇者自治区執政官ヒナ・メルトエヴァレンスです。この度の用件を伺いましょう」
険しい表情を崩さずに、ヒナは尋ねた。
外交上の形式では、事前に会談の段取りを決めておくのが暗黙の了解だが、今回の電撃訪問はそれらの形式を無視した一方的なものだ。
ヒナの問いに、ネオ霍去病は笑いながら答えた。
「アニマ王女たってのご希望で、勇者トシヒコどのを見舞いたいとのことでございますれば!」
「……見舞い、ですか」
ヒナは返答を避け、視線をアニマ王女に向けた。
意識不明の重体である勇者と王女の結婚話は、誰にとっても白紙になったものだと思っていた。
ところが、王女にはまだ輿入れの意志があるという。
これにはヒナだけでなく、小夜子も勇者自治区の首脳陣も困惑した。
この政略結婚については、議論が進んでいなかったからだ。
それに対し、霍去病は遠慮することなく、早く案内せよと言わんばかりに大股で歩き出した。
「待たれよ、ネオ霍去病どの。トシヒコ様は絶対安静の治療中ゆえに会見はまかりなりません。ダメです」
彼と面識のある勇者自治区の高級官僚が行く手を遮った。
「王女がお目通りをご希望だと言ったはずだ。早く案内しろ」
しかし霍去病は高級官僚など意に返さない様で、強い口調で繰り返す。
「アニマ王女は勇者どのにお目通りをご希望だと言っている!」
「……ネオ霍去病さん。落ち着いて下さい……」
尊大な物言いの霍去病に対し、ヒナは先ほどから答えに窮していた。
外交の席で何度か話をしたことがあったが、彼女はこの男が苦手だった。
ましてや、いまのような激昂した物言いに対し、ヒナはどう対応したらいいか分からなかった。
まさか外交関係上の要人が、声を荒げるとは考えもしなかったからだ。
心底から困った様子で、ヒナは王女を見た。
アニマ王女はヴェールを被ったまま、うつむいていた。
純白のドレスといい、花嫁衣裳を意識したものであることは明白だった。
(でも、王女は何のために自治区に……。この男にそそのかされたのか、王女の意志なのか……)
そんなヒナの困惑を察した小夜子が前に出てきて、唐突に、アニマ王女に語り掛ける。
「ねえアニマ王女さま! トシちゃ……いや勇者トシヒコさんは意識不明の重体なんです。結婚の話なんて、とても進められる状態じゃないんです」
目を丸くするアニマ王女と、ハッと息をのむヒナ。
その一方でネオ霍去病の表情はハッキリと嫌悪感を剥き出しにした。
「無官の者が! しゃしゃり出てくるな! 無礼であろう!」
霍去病は声を荒げ、大げさな身振りで小夜子を罵倒した。
「無官だけど何か問題でも? あなた、エルマちゃ……ロンレア伯爵の御息女に対して、暴力を振るいましたよね。あなたには聞いてないわ」
しかし小夜子はいっこうに意に介さず、涼し気な表情で受け流す。
「何だと……? ふざけるな貴様! 狂戦士が!」
平静を失った霍去病は地面に拡声器を叩きつけ、罵詈雑言を浴びせ続けた。
霍去病の態度だけをみれば一瞬即発の状態だが、小夜子はまったく聞く耳を持たなかった。
その毅然たる様子に、戸惑っていたヒナも背中を押されたような気がした。
ヒナは深呼吸して、霍去病に語りかけた。
「霍去病さん。わが自治区では言論の自由は保障されているけれど、立場で人を侮蔑する行為は看過できません。残念ですが、入国を認めるわけにはまいりません」
当然、霍去病が言葉だけで引き下がる相手ではない。
ヒナは言いながら、小さなステップで魔法を起動し、得意のタクトを使った。
一瞬にして小さなタクトが数10本あらわれ、飛空艇を取り囲む。
それは、小さな飛空艇を容易に火だるまにできるほどの魔力を宿していた。
「そう。勇者自治区としては、アニマ殿下のお気持ちだけ、承りたく存じます」
青ざめる霍去病をよそに、ヒナは王女の手を取った。
そして霍去病を除いた女たちはサンドリヨン城へと向かった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「直行さん♪ X(旧Twitter)って書き方あるじゃないですか♪」
直行「2023年7月~だけど、未だに(旧Twitter)が定着してるよな」
知里「イーロン・マスク氏は『PayPal』のときも『X.com』にしたかったらしいじゃん」
エルマ「よっぽどXが好きなんですね♪」
直行「スペースXにXAI、お子さんの名前もX AE A-XIIなんてつけるくらいだし」
小夜子「Xjapanも好きなのかな」
エルマ「どうでしょうね♪ ツイッターの青い鳥はリストラされましたけど♪ 紅の鳥がロゴになったわけでもありませんし♪」
知里「ま、割とどうでもいい話ね。あたしにとっては」
直行「次回の更新は10月4日を予定しています。『青い鳥の行方』お楽しみに」




