593話・幕間・勇者自治区、それから
世界情勢を一変させる一夜、花火大会の決闘から一週間が経過した。
その間、ありとあらゆる情報が飛び交い、噂話に尾ひれがついて、荒唐無稽な流言飛語が世界を席巻しようとしていた。
「女賢者ヒナは勇者トシヒコをめぐる恋愛がらみで聖龍を滅ぼした!」
「勇者トシヒコと女賢者ヒナと小夜子の母娘のただれた三角関係に割って入った“恥知らず”直行。母娘に手を出し、法王をけしかけて勇者の抹殺を謀った」
「どさくさに紛れてロンレアの〝恥知らず〟直行にそそのかされ、鬼畜令嬢エルマが皇帝を名乗ったらしい」
そんな人々の喧騒とは一線を画して、聖龍のいない空は、不気味なほどの静けさを周囲に印象づけている。
◇ ◆ ◇
勇者自治区でも日夜、サンドリヨン城の最上階、執務室にて今後のとるべき対策について議論が続いていた。
ヒナを中心に、両腕を失ったアイカをはじめとする勇者自治区の高官たち。そしてヒナに召喚された若手の技術官僚たちやそれに次ぐ者たちが、勇者亡き後の自治区の未来を語っている。
勇者パーティの小夜子とミウラサキだけが、ポツンと取り残されたまま牛乳とオレンジジュースを飲んでいた。
「どうしてヒナがトシと直行君とママのドロドロの恋愛関係から、聖龍さまを倒さなきゃならないのよ!」
「いや、ヒナ様。根も葉もない噂っすから……」
「デマはともかく! トシの意識が戻らない以上、ヒナが自治区を背負わないと!」
勇者トシヒコが意識不明の状態で、自治区の行く末に対する視座は執政官ヒナ・メルトエヴァレンスの双肩に託されていた。
しかし、当のトシヒコは法王との決闘に敗れた事実はすでに隠しようがない。
賢者ヒナ・メルトエヴァレンスが聖龍をこの世から葬ったことも広く知られてしまった。
勇者自治区の先行きには暗雲が立ち込めている。
「とにかく、どれほどの悪名を背負おうとも、ヒナたちは進むしかないの!」
トシヒコを失った勇者自治区は、執政官ヒナをトップとした組織づくりの再編成が行われた。
アイカを副官に任命し、女性を中心とした首脳部を結成する。
トシヒコが健在のころからその傾向はあったが、ヒナが再編した首脳チームを、技術官僚や財務官僚たちが補佐するという政治体制はさらに強化された。
その一方、プライバシーの観点からドローンによるカメラは大幅に削減。
秘密警察も廃止の方向で話が進んでいる。
執政官ヒナの知らないところで、反乱分子の処罰や治安維持を担当していた秘密警察は通常の警察機構へと再編された。
「今度という今度は、ママにも協力してもらうからね!」
「えー……でも私、裸の女狂戦士なんて言われてるし……」
「ヒナの悪名のがヤバいから! それにトシが動けない今、ママに助けてもらわないと困るの」
「……分かったわ」
ヒナはしぶる小夜子を強引に首脳陣として迎え入れた。
小夜子もしぶしぶこれを承認したものの、公的な肩書は固辞し、あくまでも私人としての参加・協力にとどまった。
「これからの勇者自治区はオープンに! そして生産性の向上のために」
生産性と食糧事情のさらなる改善のため、次々と新事業が立ち上がった。
かねてから計画されていた精霊石を利用した発電所を建てる案や、干上がった中央湖に海水を注入して塩湖にする計画は前倒しで実行されることになった。
加えて新たに増設した汽水域での水産物の養殖。
ヒナ執政官は、連日休むことなく皆と話し合い、深夜まで書類に目を通すという生活を続けていた。
「……っ!」
ときおり移植したアイカの腕の後遺症で、接合部に痺れや痛みを感じることもあったが、自らの回復魔法や、それでも痛みが治まらない際は現代医学の痛み止めの注射などでその場をしのいでいる。
◇ ◆ ◇
そんな折、突如として勇者自治区の空に飛空艇がやってきた。
クロノ王国が花火大会で乗りつけた戦列艦よりはずっと小型で、大きさは10人乗りのヘリコプター程度。
小型のものだが、魔導砲によって武装されており、船体には十字型のクロノ王旗が描かれていた。
「ここは勇者自治区の領空です。警告します。すみやかに退去してください。繰り返します……」
ドローンに積載した風の精霊石がヒナによる警告のメッセージを再生する。
しかし再三にわたる警告を無視して、飛空艇は干上がった湖を突っ切って、勇者自治区の港まで飛んで行った。
「申し上げます! クロノ王国の飛空艇が自治区の領内に侵入しています!」
監視からの緊急事態を受けた警備兵は、サンドリヨン城に通信を入れた。
通信を受けた内線は、返事もそこそこに、ヒナのいる執務室に駆けだした。
「ヒナ様大変です!」
報告を受けたヒナは会議を打ち切り、バルコニーから機影を見た。
小夜子とアイカと技術官僚ら首脳陣も続く。
「花火大会のときに来てたものより小ぶりだけど」
飛空艇を指さした小夜子がヒナを見て首をかしげる。
「戦闘の意志はなさそうね。ヒナが出ます。ママとカレム君も一緒に来て」
魔導砲の砲門が閉じていることを見て取ったヒナは、バルコニーの手すりに飛び乗り、中空に魔方陣を描き出す。
アイカから授かったハイビスカスの刺青が燃えるような赤い輝きを放ち、空間転移魔法の魔方陣を展開する。
「っしゃ! ウチも行くっす!」
小夜子とミウラサキに続いて、アイカが鼻息荒く椅子を立った。
「アイカはここで待機。万が一戦闘になるようなら警報をお願い」
しかしヒナに窘められ、口を尖らせながらしぶしぶと頷くアイカ。
「まさか、アポなしで来るなんて……」
ヒナは狼狽しながらも、真っ先に魔方陣をくぐっていった。
そして側近たちと小夜子も続いた。
「……!!」
そんな彼らを待っていたかのように、飛空艇の甲板に数人が立っていた。
護衛の重騎士に守られながら、純白のドレスを翻らせるのはアニマ王子。
その傍には〝七福人〟筆頭・ネオ霍去病の姿もあった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「このお話が公開されたのは23年9月26日♪」
直行「久しぶりの“今日は何の日シリーズ”だな」
エルマ「1978(昭和53)年9月26日、東芝が世界初の日本語ワープロを発表した日なんですわ♪」
知里「実際に発売したのは翌79年2月で、630万円だったって」
直行「いまの金額だと、ちょっといい車が買えちまうんじゃないの」
エルマ「車のことはよく分かりませんけど♪ おベンツですか♪ お高いですわ~♪」
小夜子「82年に発売されたファミコン本体が14800円なのよね」
知里「コンピュータ関係の値段ってちょっとバグってるよね。00年代だと日本語ワープロなんてОSについてくるし」
直行「コンシューマーゲームと業務用筐体を一緒にはできないけど、80年代~00年代までの電子機器の進化って、おそろしいものがあるな」
小夜子「次回の更新は9月30日を予定しています『ファミコン神拳の思い出』あたたっ」




