592話・それぞれの一報
「おい! ロンレア領主“恥知らず”の直行が、花火大会にかこつけて、ガルガ国王を暗殺。さらに勇者と法王の決闘を仕組んだってよ!」
「な、なんだってー!!」
花火大会の決闘と、聖龍の死がいち早く話題に上ったのは、諸国の食事処や酒場からだった。
厳重に情報統制されたクロノ王国は例外として、緘口令が敷かれた法王庁でさえ、噂が飛び交い、人々は「聖龍のいなくなった世界」に対する不安を囁き合っていた。
「花火大会の決闘……」
「聖龍さまも巻き込んだ激闘の末に、敗北した勇者は再起不能だって! 勝利した法王さまも意識不明の重体……」
「聖龍さま死んじまったのかよ……」
「道理で昨日からお姿が見えねえ」
これらの噂は直行が意図的に流したものではなかったが、肯定も否定もしなかったため、さらに無責任な尾ひれがついて瞬く間に広まった。
「そんな大それたこと、あの恥知らずがやったのか?」
「いいや、実行犯は勇者自治区の執政官ヒナ・メルトエヴァレンスだとよ」
「何でも勇者トシヒコとアニマ王女の婚約にブチ切れて、腹いせに聖龍を殺したらしい。いやはや女って怖いねえ」
この一件により、女賢者ヒナは大罪人として悪名が轟いてしまった。
ヒナ自身は覚悟のうえで実行に踏み切ったものの、勇者自治区の広報室では当然それらの噂を全面否定する声明が発表された。
「勇者自治区の見解として、今回の決闘は、あくまでも法王側が一方的に仕掛けてきたものである」
「勇者一行は自らの命を守るために応戦した。聖龍の一件は遺憾ながら正当防衛であり、勇者トシヒコおよび執政官ヒナ・メルトエヴァレンスに関するうわさは事実無根である」
とはいえ勇者自治区の声明では聖龍を滅ぼしたという事実までは否定しなかった。
そもそも正当防衛という考え方さえ定かではない社会だ。
勇者自治区の住民以外は、花火大会の決闘の結果、法王が勇者を倒し、聖龍が滅ぼされたという事実だけが広まっていった。
「聖龍さまを滅ぼした異世界人たちを許すな!」
法王庁や旧王都を中心に、そのような声が聞かれた。
◇ ◆ ◇
こうした熱狂とは一線を画したのがクロノ王国の動向だった。
彼らはまず、ガルガ国王の暗殺は影武者だったと発表。
次いで近く国王自らが閲兵式を開催し、軍事パレードを行うと宣言した。
すでに新王都上空には王旗が描かれた飛空艇が厳めしく巡行している。
夜になると精霊石のサーチライトが街を照らし、さらに物々しい雰囲気となる。
クロノ王国はまさに開戦前夜の装いで、行きかう人々にも緊張感がみなぎっていた。
その一方で、アニマ王女の輿入れについては、中止を発表せずに保留している。
とはいうものの、情報統制が行き届いているために、婚姻の件を噂する者は市井にはいない。
◇ ◆ ◇
各陣営がそれぞれ自身の都合のいいように情報統制をしていく中で、法王庁は沈黙を守り続けていた。
法王ラー・スノールの安否はもちろん、聖龍の死さえも発表せず、表向きはいっさいの声明を出していない。
法王が意識不明、それもいつ目覚めるか分からない状態であるために、勝手に声明を出したくても出せないでいた。
事実上、近年の法王庁はラー・スノールによるトップダウン政治、ほぼ専制型の意思決定が行われてきた。
ましてや今回、その当人が決闘の当事者であり、中心人物だったため、誰がどのように事後を引き継ぐのか、率先して責任を負う者はいなかった。
「いっそのこと身罷られたのならば法王選出も行えるのだが……」
ラーとは考えを異にする枢機卿からは、そのような声も聞かれるほど、事態は混迷していた。
「滅多なことを言うものではありませんぞ。『天耳通』は究極の地獄耳ですからな。なあに我ら法王庁、神に祈るのが仕事なら、ドーンと待ちましょう、『奇跡』というものを! ウシシシシ」
ジュントスの進言により、聖騎士や信徒たちには「奇跡を待て」という指示が下された。
「『奇跡を待て』とはジュントス殿、あまりにも無責任ではありませぬか!」
「その神がいなくなったのが、問題なのです!」
これに対し、高位の司祭たちは異を唱えるが、ジュントスは意に介さなかった。
「法王猊下は必ずやお目覚めになられます。いまは我慢のときですぞ。猊下復活の際にはわれら一丸となって速やかに上意下達を行う。わがラー法王猊下の治世での法王庁は、それしかありますまい」
ジュントスには確信があった。
ラーの意図は分からないが、彼は秘密裏に動いている。
その証拠に、ジュントスが献上した自動人形が一体ゆくえ知れずとなっていた。
「法王猊下が目を覚ましたとき、われらが余計な動きをしていたら、待っているのは“粛清の嵐”ですぞ。ねえ各々方?」
そう言って大きな鼻をひくつかせて凄むジュントス。
重臣たちの何人かは目を逸らし、うつむいた。
法王庁は一枚岩ではない。
現在のところ、この陣営は大まかに三つの勢力に分かれる。
現法王派で異界人排斥グループ──。
リーザをはじめ異界人排斥派の一部は法王ラーの強さに心酔し、現法王の元で異世界人排除に乗り出そうという勢力。
問題はラー法王自身がそこまで異界人排斥派ではないことだが、強硬手段も含めて目的を遂げようとしている。
反ラー・スノール派──。
前法王から教会内にいた年長者が中心で、地位の高い者が多い。異界人排斥ではあるものの、それよりも王都から来たラー・スノールの独断専行を腹に据えかねている一派。
中立勢力──。
そのどちらでもない一派。ジュントスは法王の側近ではあるものの、異世界人排斥でもなく、反ラー・スノール派とも距離を置いている勢力。比較的若い層で穏健派が多い。
今回起こった勇者対法王の決闘、および聖龍の喪失の一件で、法王庁は沈黙を保ったまま、内部は揺れに揺れていた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
※今回は登場人物たちが『16Personalities性格診断テスト』を受けてみたという設定でお送りします。ちなみに筆者は提唱者(INFJ型)でした。
エルマ「16タイプ診断をやってみましょう♪ ネットで検索すれば、無料で診断できるサイトがたくさんありますので、皆さんも是非やってみてくださいね♪」
知里「あたしはISTP(巨匠型)だって。『探索するのが大好きで、世の中を舐めてる孤高の一匹狼』……らしい。まあ、外れてはいないかもね」
エルマ「あたくしはENTP(討論者)『熱い論戦を好む陽気なサイコパス』だそうですわ♪」
小夜子「わたしはESFJ(領事型)親しみやすくて世話好きなタイプよ! 教師、スクールカウンセラーに向いてるんですって!」
直行「俺はENTJ-A(指揮官)だった。エネルギッシュで起業家精神に溢れ、カリスマ性があるそうだ。かのジョブズ氏もENTJ-A(指揮官)だって」
エルマ「まあ、性格判断ですからね♪ 話半分で聞いておくといいでしょう♪」
小夜子「次回の更新は9月26日を予定しています。お楽しみにね!」




