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589話・ラストマン・スタンディング

 白一面の世界が晴れて、夜明け前の空に戻った。


 半分以上が干上がった湖に、傷だらけの聖龍の巨体が横たわる。

 立ち上る煙と、うっすら茜色が差して紫に変わる空──。


 すべては夢の中で起きた出来事のようでもあった。


 勇者トシヒコの胸に突き刺さっている精霊石は、まるで光の結晶でもあるかのように強い光を放っていた。


 投げ出されたように宙に浮かんでいる勇者を、仲間たちがけんめいに治療している。

 

 さすがに百戦錬磨の勇者パーティだけあって、ヒナの回復魔法、ミウラサキがサポート、壁役の小夜子が障壁を出して二次被害の防止するなど、誰も取り乱したりはしておらず、それぞれがやれることを行っている。


 しかし勇者に意識がないことは確実だった。

 俺が立つ、花火大会会場の縁からでは声も届かず、生死も分からないが、勇者は微動だにせず、応えることもしない。

 

「……勇者さまはドルイドモードで精霊と一体化し、精霊石を取り込もうとしたのですが、反発を受け、魂が精霊石に取り込まれてしまった状態だと思われます……」


 レモリーがそう解説してくれた。


「トシヒコさんは……死んではいないということか」


「ヒナさまが懸命に回復魔法をかけておりますが、肉体が回復しても意識は戻らないようです」


 魂にダメージ……現代人である俺にはピンとこない言葉だ。

 ある種の強制停止、フリーズ的な状態に陥ったのだろうか。


 ラーが最後に放った一撃は、魔法でも奇跡でもなくて、電灯替わりの精霊石だった。


 あの最終局面で、まさか法王が勇者自治区を象徴する技術を利用するなんて、驚かされた。


 精霊石の原理を知っていたのか、勝利への意志が偶然そうさせたのか、俺には分からない。


 しかし戦いの勝者であるはずのラーも、座したまま動かなかった。

 ジュントスら法王庁の高官たちが駆けつけて介抱しているが、こちらも意識が戻る様子はなかった。


「リーザ殿! 飛竜を回してくだされ! 撤収いたしますぞ皆々様! 船の用意を!」


 聖騎士ジュントスは声を張り上げ、リーザら飛竜騎士たちに指示を飛ばしている

 普段のむっつりスケベな彼が嘘のようにテキパキと撤収準備を進めている。


「……お、終わりましたわね……悪夢のような長い戦いが……」


 エルマはその場にへたり込んで、白目を剥いて放心状態だった。

 奴もラーにこき使われて、限界を超える精神力を消費し尽くしたのだろう。


 三陣営の異文化交流を目論んだ花火大会は、世界の命運をかけた戦いへと移行し、まさかの散々な結果となってしまった


 勇者と法王は共倒れ──。

 聖龍は湖と共に消滅──。

 知里も行方不明──。


挿絵(By みてみん)


 いま、この場に残っているのは、俺たちロンレア陣営だけという結果になってしまった。


 ただ、この戦いで奴はシン・エルマへと覚醒した。

 単なる自称ではなく、この世界の回復魔法を根底から変えるゲームチェンジャーとして。


 ネンちゃんの回復魔法の能力もこの戦いを支えた。

 彼女はその小さな体でレモリーやヒナやミウラサキ等、致命傷を受けた人たちを回復させてきた。


 エルマとネンちゃんがいなかったら、勇者パーティはほぼ壊滅、法王の独り勝ちだったのかも知れない。


 ラーが完全勝利を狙い、2人を殺害していた可能性もゼロではなかった……。

 そう思うと背筋が寒くなる。


 エルマもレモリーもネンちゃんも無事だったのは幸いだが、現状は決して喜べるような状態ではない。


 疲れ果てたネンちゃんはレモリーに抱きかかえて眠っているが、今後、彼女を取り巻く環境は激変するだろう。

 欠損部分を再生できるチート回復術師として、各陣営が間違いなく狙ってくるだろう。

 ネンちゃんがちゃんと教育を受けられる機会を設けるのが大人の責任だけど、果たして俺にできるだろうか、正直不安だった。


 どうにか生き残った俺には、守るべき存在と、今後やらなきゃならないことが山積みだ。


 しかし天才的な戦闘能力のない俺には、この戦場では何ひとつできない傍観者に過ぎなかった。


 これまではどうにかうまく運んできたが、幸運に過ぎなかった。


 この世界に来て、人生を根底からひっくり返される状況に遭遇したのだ。

 

 この戦いを通じて、俺は改めて気づいてしまった。

 英雄や超人が跋扈し、何でもありのこの異世界で、俺は天才たちには及ばない。

 努力や幸運では決して彼らの領域にはたどり着けないことを思い知らされた。


 人知れず粉々になってしまった自尊心を拾い集めて、歩き出さなければならない。

 

 打てる最善の手を打っていくしかない。

 俺は知里から預かったスマホを握りしめて思った。



次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


知里「素朴な疑問なんだけどさ。駅とかにデカデカと顔出ししてる歯医者の看板あるじゃん。あれ本人すごい目立ちたがりなのかな」


直行「国道沿いにもあるよな。本人あんな顔出しして、女の子のいる店とかやたら行けないよな」


エルマ「あら♪ 〇○歯科の〇〇センセじゃないですか♪ ご指名ありがとうございまーす♪ 今日は何を埋めて下さるの♪」


直行「『歯のインプラントばかりで消耗した心の隙間を埋めに来たのさ』」


エルマ「あらセンセお上手♪」


知里「ちっ」


直行「でも確かに、あんなに顔出ししちゃうと悪目立ちするよな……」


エルマ「次回の更新は9月15日を予定しています♪ 『君の心にインプラント♪』お楽しみに♪」

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