587話・決着──白い光の中で
白い光の中で、魂だけになったラーは、虚ろな空間に漂っていた。
幻影でも白日夢でもなかった。
肉体はなく、ただ精神=魂があるだけだった。
魂が丸裸になった真っ白な世界で、ラーはトシヒコの魂を探す。
しかし靄の中をどう探ろうとも、勇者の痕跡は見当たらない。
神聖魔法の奥義、『自己犠牲』をパタゴン・ノヴァの亡骸に憑依して発現させた。
もちろん、ラーにとって命を媒介とする、この術法を展開したのははじめての経験だった。
あまりにも白一色の世界。
時間さえ流れていないような静寂。
神聖魔法奥義『自己犠牲』の白い光は、トシヒコの魂を道連れにしようと周囲を探るように明滅する。
しかし一向にトシヒコの気配は感じない。
この世界に存在するのは、自分の他には3人の意識──。
(3人──?)
ラーは言葉を失った。
自身の中に、3人の意識が混在しているのに気づいたのだ。
「おお殿下! お久しゅうございますな!」
そう呼ぶのは、騎士団長の嫡男だったゴート。
兄ガルガの幼友達だった男だ。
ラーとは宮廷ですれ違う程度ではあったものの、お互いに噂は聞き及んでいた。
天才少年魔導士と、将来の騎士団長候補として、ガルガを支える両翼となり得る人物だった。
しかし両者は接点のないまま、ゴートは落馬事故により重傷を負ってしまう。
ラーの意識の中で、ゴートの記憶とともに、2人の知らない人物の意識が介入してくる。
「法王さま……って? すごく偉い人なんですか」
「ガルガ陛下の弟だってさ? ふぅーん。おいらたちにゃ関係ねえよ」
ゴートも含めて、ラー・スノールの頭の中には3人の意識が混ざっている。
屈強な肉体がパタゴン・ノヴァのベースとなった、名も知れない奴隷戦士と、一部の臓器や神経系など、2人の人間を掛け合わせる“つなぎ”として利用された名もなき奴隷少年。
それは術者にとっては禁忌の領域、合成獣の術法を人間に転用した邪法──。
このおぞましい人体改造は、ラーの心を曇らせた。
新クロノ王国として、兄王が進めた過激な政策をすでに法王の座についていたラーは知らなかった。
知っていたところで、出家した以上は元王族といえども国家の政策には口を挟めない。
「……このような邪法で生み出された存在を看過し、なおも貴公らの亡骸を、利用したこと、重ねて心苦しく思う」
ラーは教会の長としての立場と共に、本心から申し訳なく思っていた。
「殿下! 詫びる必要には及びませぬ! かの勇者トシヒコと刺し違えられるとは武人としての誉れ!」
「おれたちのこと、間違った命みたいに言うなよ。仲間を守って死んだんだぜ。騎士の鑑だろ」
「おいらむずかしいこと、よく分かんねえけど、この体になって、さっきまで超イイ暮らししてたし。美味いモン食えてたし、うまれて初めて酒も飲んだ」
ラーの意識内で、生れも育ちもまるで違う3人がかわるがわる言葉を継いだ。
それは少しだけラーの心を安らげたが、勝利を確信できる状態には遠かった。
「うおおおお! 斬り裂け『濡れ烏』! この白日夢を消し去れ!」
勇者トシヒコの太刀『濡れ烏』による斬撃で、白い空間が切り裂かれていく。
しかも彼自身は再度ドルイドモードを発現し、精霊と同化している。
荒々しく声を上げて、空間ごと斬り抜いていく。
トシヒコの抵抗が、白日夢のような世界から、一気に現実へと引き戻す。
ラーがパタゴンの遺体を身代わりに放った『自己犠牲』は、トシヒコに切り裂かれていてく。
「ラー殿下! ローゼル殿下のこと、くれぐれもお頼み申すー!」
落馬により、命尽きたゴート。
パタゴン・ノヴァとして蘇り、知里に討ち取られ、さらにはラーによる『自己犠牲』の供物となり、三度目の死を迎えようとしていた。
彼の心に曇りはなかった。何度死が訪れようと、騎士として誇りと共に逝く。
「この身体に残る、おいらの魂も使っておくれよ」
「法王がこの世界を守るというなら、この魂もくれてやる……」
パタゴン・ノヴァ肉体を依り代にして『自己犠牲』を放ったラーの魂に深く共鳴し、3人の魂はさらなる力となり、白の世界を広げていく──。
◇ ◆ ◇
一方、現実世界──。
法王ラーの実体は、花火大会会場の端に座していた。
近くには恥知らず直行とエルマたちの姿があった。
3人、否4人がかりの『自己犠牲』の効力がトシヒコによって切り裂かれ、「なかったこと」にされつつある中で、薄く消えていく白い空間──。
ラーはふと思った。
……聖龍が滅びようとしている現状で、『自己犠牲』の祈りの呪文が神に届くのか──。
パタゴン・ノヴァの肉体と残された3つの魂、さらにラーの魂を利用した自爆攻撃でも、精霊と同化したトシヒコにダメージが通るとは限らない。
(4人がかりの『自己犠牲』でさえ、彼は墜とせない……)
花火大会会場で座していたラー本体が突然立ち上がった。
そして果実でももぎ取るように、会場に設置してある、電灯用の精霊石を奪った。
「勝敗を決するのは、“思いの強さ”なのだろう……」
ラーは誰に言うでもなくつぶやいた。
不安定な白い光と現実とが混ざり合い、世界は陽炎のようにゆらめく。
「わが世界よ 余に力を貸せ!」
法王ラースノールは、ありったけの魔力を振り絞り、再度飛び立った。
魔力も尽きていた、剥き出しの魂が、半ば強引に肉体を引っ張るかのような体勢だが、それでも彼は飛翔する。
「勇者トシヒコ! 何か最後に言い残すことはあるか?」
トシヒコの心臓めがけて、精霊石を撃ち込むラー。
それを待っていたかのように、絶妙なタイミングで重力を操作し、ラーを弾き飛ばす。
「ねえよ。悔いが残るほど半端な人生は歩んでこなかった!」
次いでトシヒコの太刀『濡れ烏』が精霊石を割ろうと激しい斬撃を見舞った。
スローモーションで白い火花が舞った。
存在を抹消する斬撃は確かに精霊石を直撃した。
精霊石は音を立てて崩れたが、存在自体を抹消することはなかった。
割れた破片は消失せずに、落ちていく。
「そうだ。精霊石は貴方たちの文明の生命線。“なかったこと”になど、できないだろう」
トシヒコは土壇場で精霊石の存在を抹消できなかった。
この概念が失われてしまえば、勇者自治区の現代文明を再現した豊かな生活は失われる。
そしてラーの最後の攻撃が発動した。
反射魔法を応用し、トシヒコの重力操作に反作用をかける。
弾き飛ばす力は、逆に作用し、精霊石の破片ともども、トシヒコの心臓に突き刺さった。
ラーは手を緩めない。
トシヒコも最期まで諦めることをしなかった。
「させるか! 精霊石ごと同化してやる…………」
ドルイドモードで精霊石と同化し、自身に取り込もうと試みるトシヒコだが、それは叶わなかった。
精霊石に微かに残った“精霊の意志”に拒絶されたのだ。
「な……」
絶句する勇者トシヒコ。
だがすぐに自嘲気味に肩をすくめ、胸に突き刺さった精霊石を撫でた。
「……ま、精霊の尊厳無視で利用してりゃ、そうなるか……」
勇者トシヒコの心臓に激痛が走る。
精霊石は同化を拒み、逆にトシヒコの肉体を結晶化させていく。
「……小僧、ひとつだけ頼みがある」
すでに勝敗は決した。
ラーは静かに頷き、トシヒコの言葉を待った。
「……たとえ政略結婚でも、彼女が望んだ以上、アニマ王妃には気の毒なことをした。君の人生は続く。好きに生きろと伝えておいてくれ……」
勇者トシヒコVS法王ラー・スノール。
後の世にまで語り継がれる決闘は、法王の勝利に終わる。
だがその事実を、この時点ではほとんどの者が知るよしもなかった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「23年の夏は暑かったですわねー♪ 知里さんは思い出に残るようなことありましたか?」
知里「特にないわね。いつも通りクーラーの効いた部屋でゲームしてマンガ読んでアニメ観て」
直行「観測史上いちばんの暑さだったらしいけど、知里さんには関係なかったようだな」
知里「関係なかったね」
小夜子「知里! ダメよそんなんじゃ! 二度とない青春を謳歌しなきゃ!」
知里「二次元で謳歌してるよ」
小夜子「次回の更新は9月6日を予定しています。『知里! 汗まみれのラグビー部マネージャー体験』お楽しみにね!」




