57話・セレブ御用達レストラン・アエミリア
◇ ◆ ◇
約束した時間の10分前に、俺とレモリーは待ち合わせのロビーに着いた。
いぶきは来ていなかったが、小夜子はすでに待っていた。
印象が違ったので、気づくのが遅れてしまった。
「直行君、こっち!」
彼女の方から元気よく声をかけてくれた。
いつものビキニ鎧ではなく、水色のゆるふわカットソーという体形を隠せる装い。
胸の大きい人が着たい服を着ると、大きくてゆるいシルエットになりがちなのはご愛敬だ。
下はデニムっぽい生地のショートパンツ姿で、どこか80年代テイストを感じさせる。
足元はストラップサンダルだった。
小夜子の親しみやすいルックスだと、何となくあか抜けない印象だけど、よく似合っている。
しかしながら、ファンタジー感はまるでない。
「すっかり現代人だなー」
「久しぶりに女の子っぽい格好ができて嬉しいわ!」
黒いドレスに身を包んだレモリーは、そんな小夜子のファッションを不思議そうに見つめていた。
さて、約束の18時となった。
俺たちはいぶきと待ち合わせのホテルのロビーで落ち合い、約束したレストランへと足を運んだ。
荷馬車の管理や金貨の保管などはホテル側が責任をもってやってくれるという。
VIP御用達ホテルなので、抜かりはないだろう。
お目当てのレストランは、テーマパークのような街並みから裏路地に入ったところにある。
地下1階半といったらいいのか、低い階段を降りたところのシックな外観の建物。
高級レストランの常として、非常に分かりにくいところに入り口がある。
「なんだか、ドキドキするわね」
未知の場所に案内された小夜子は嬉しそうに言った。
「やっぱり、着替えを新調しといて良かった」
「はい。血の付いたドレスで食事なんて、他のお客の迷惑になりそうですし」
「ビキニなんて問題外だもんね」
勇者自治区のセレブご用達レストランともなると、さすがに敷居が高そうだ。
「皆さん、こちらのドアからお入りください」
いぶきが我が物顔で手招きをする。
「お待ちしておりました、皆様」
ヘッド・ウェイターと思われる初老の紳士が、ていねいな物腰で挨拶した。
レストランの中に通されると、豪華で繊細なフラワーアレンジメントが目についた。
いわゆるブリザーブドフラワーとか、高級造花とかいうやつだ。
魔法を使っているのかもしれない。
要するに「枯れない花」だ。
俺たちは一番奥の「VIP専用」と書かれたドアの前まで案内された。
異世界とは思えないモダンなインテリアの数々に、レモリーは心底驚いているようだ。
「すごいところに来たものね」
「はい。想像を超える異世界情緒です」
小夜子とレモリーはそんな風に話して、店内を眺めていた。
俺は冷静さを装っているけど、旧王都の行きつけのBAR異界風とはまるで違う、本格的な現代風レストランに圧倒されていた。
そんな俺たちをよそに、いぶきがドアをノックする。
「ヒナさま。八十島小夜子さまを、お連れ致しました」
「どうぞ~」
いぶきは緊張した面持ちでドアを開ける。
中央には丸テーブルが一つあり、背もたれのある洒落た椅子が取り囲んでいる。
その中央に、20歳くらいの見目麗しいお嬢さんが座していた。
隣にいたのはハイビスカスの刺青をしたアイカ。
俺と目が合って、小さく会釈した。
それにしても、「ヒナちゃん」は際立っている。
大きな瞳は紫色で、目力がとても強い。
服装はシンプルなワンピースだけど、とても洗練されていてオシャレ上級者に見えた。
名前は何度となく聞いている。
勇者パーティのNo.2。
彼女は明らかに「芸能人オーラ」のようなものを身にまとっている。
顔立ちが整っているだけではない、自信に満ちた雰囲気と、当たり前のようにかもし出す特別感。
一目見た瞬間、「ああ、この人は違う」と思わせるカリスマをもつ、稀有な人物だ。
「ヒナちゃん、しばらくね」
小夜子が一歩踏み出し、ぎこちなくあいさつをした。
いつも快活な小夜子が、すごくよそよそしい。
「ママも元気そうで良かった。例のビキニで来たら怒ってたよ」
小夜子は舌を出して苦笑した。
いま、ママと言ったか?
「……で、その人たちは?」
ヒナちゃん、彼女の興味は俺たちの方へ向いた。
「あたし知ってるよ、スキンケアの直行クン」
アイカがカンタンに説明して笑った。
それに対し、いぶきが几帳面に補足していく。
「こちらの方は被召喚者の九重 直行さんです。僕の取引相手で、小夜子さまを連れてきてくれた人です」
「どうも、初めまして九重直行です。こちらは従者のレモリー。俺の従者ではなく、ロンレア伯爵家の従者ですが」
「転生者ヒナ・メルトエヴァレンスです。転生する前は、八十島小夜子の娘でした」
「えっ……?」
俺は呆気にとられて、何度か小夜子とヒナを見比べてしまった。
そして気づいた。
受ける印象はまるで違うけれども、言われてみたら2人は何となく似ている。
小夜子はおっとりしたタヌキ顔で、ヒナはシャープな猫系だけど、クッキリした二重まぶたや、鼻筋や唇の形など、顔のパーツは確かに血縁者特有の近さを感じる。
それに、胸の大きさも形も同じくらいだ(小夜子のほうがやや大きいか)
この異世界の巨乳率は日本よりも高いほうだとは思うけれども、それでも少数派ではあるのだ。
レモリーはスレンダーなモデル体型だし。
ただ、疑問も残る。
前世の容姿って、転生しても引き継がれるのか?
その辺の事情はまだ分からないけれども。
「立ち話も何ですので、かけましょうか」
ヒナにすすめられるまま、椅子に腰かけながらも、俺はまだ2人を見比べていた。
最大の疑問は、親子にしては、同年代に見えすぎる点だ。
「直行君がふしぎに思うのも無理はないわ。わたしだってヒナちゃんと母娘だなんて全然、実感がないんですもの」
俺の視線に気づいた小夜子が、そう言って肩をすくめた。




