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584話・青い部屋の双魚


(……ここは?)


 知里が気がつくと、何処とも知れない場所にいた。

 周囲は目の覚めるような青一色の空間だった。

 蒼穹の中にいるようにもみえるし、水面にいるかのようにも思えた。


挿絵(By みてみん)


 ふと気づくと周囲に巨大な魚たちが泳いでいる。

 魚といっても異様な風体の外観をしていた。


 ピラルクやアロアナに似たようなものから、鎧をまとったような姿のものもいる。

 知里は魚類にはさほど詳しくなかったが、古代魚の類か、絶滅した種かも知れないと思った。


(夢……?) 


 知里は何度もまばたきを繰り返し、頬を叩いた。

 夢占いでの「魚」は、無意識や潜在意識と関連している。

 そんな夢を見ているのかと彼女は思った。


 しかし夢にしては意識が明確にあり、身体には確かな実在感もある。


(何なのコレ……)


 幻覚でも白日夢でもない。

 魔力が発動した形跡もないので、召喚や強制転移でもない。


(聖龍も……いない)  


 知里はお腹の上にあった結晶体がなくなっているのを感じた。

 ただ、光と闇の魔力を制御している感覚はどこかに残っている。


 彼女は光の属性が苦手なために、どうしても闇の出力を大幅に抑えなければならなかったのだが、龍核は目の前から消えていた。


 なぜ突然このような場所にいるのか、理解できない。


(ここは過去? 未来? どこなの?)


 青一色の景色は、上下左右もないような感じだった。

 ただ、知里は立っている。重力も感じる。

 

 彼女がおそるおそる一歩を踏み出すと、空に浮かんだ魚たちがピクリと反応した。


 そして目の前に人影が現れた。


 前髪を目まで伸ばした細身の青年。

 気怠そうな雰囲気と、皮肉屋っぽい笑みを浮かべた懐かしい人物──。

 

「お兄ちゃん……!」


 心底驚いた知里は、目を見開いて硬直してしまった。

 どうしていいか分からず、声も出ない。


 やっと動作を思い出したように、兄のもとへ駆け寄ろうとしたものの、そのときには遅かった。

 兄の姿は幻のように消えてしまった。


 青い空間は、再び魚たちが泳ぎ回る世界となった。 

 そして声だけが聞こえた。


「いまの俺には、この世界に干渉できる力はない」


 ぶっきらぼうに答えるその言い方は、まがうことなく兄だった。

 元の世界から離れ離れになって以来、再会は数年ぶりだろうか。


 果たしてこれが再会と呼べるものなのかは分からなかったが、たった一人の心を許した“肉親”との巡り合いに、知里の鼓動は激しく高鳴り、呼吸も乱れた。

 

「お兄ちゃん、どこにいるの? どうしてあたしは、突然こんなところにいるの? ねえ答えてよ!」


 彼女は思わず泣き崩れそうなほど顔をくしゃくしゃにして兄に問うた。


「想像した分だけ、お前は並行する無数の宇宙に存在する」


「はい?」


 一瞬、ムッとした表情を浮かべた知里だが、すぐに苦笑いに戻った。

 それが兄らしい答えだと思い出したからだ。


「平行……宇宙?」


 そのとき、青い部屋に一陣の風が吹き抜けた。

 秋の風のような冷たく乾いた風だった。

 知里の心は、さらなるざわめきを覚えた。


 ──いつかの放課後。携帯電話をいじりながらの帰宅道。

 大きな夕焼けが、中学生だった知里の頬を染め上げている。


 あるいは、プールの授業の後の昼休み。気だるい雰囲気の教室で、机に突っ伏して眠る。イヤホンから聞こえるのは歪んだギターと物憂げな歌声。


 次々と湧き上がる記憶の断片だが、知里はさほど懐かしくも感じなかった。

 逆にそんな虚ろな感情を寂しいとすら思った。

 いまの彼女にとっては元の世界、現代日本のことなどいつか見た夢だったようにも思えた。


(──クラスメイトの顔も誰ひとり思い出せないや……)


 学校に馴染めなかった知里は、いつもひとりぼっちだった。

 卒業式のときにもらった花を歩道橋から投げ捨てた場面を思い出したが、いったいどうして自分がそんなことをしたのかまでは思い出せなかった。

 

(──平行世界のあたしは、今でもあっちの世界で生きているのかな) 


 自身の記憶を改めて追体験した彼女は、元いた世界がずいぶんと遠いものに感じられている。

 好きだった漫画や、兄との生活も含めて、家にいるときはそこまで嫌いな世界でもないはずだったけれど、いまの知里にとって元の世界はどう考えても自分の居場所とは思えなかった。 


(だったらいま、ここでやれることをしなきゃ) 


 彼女はそんなふうに結論づけ、聖龍に心を寄せた。


 するとお腹の位置に、再度龍核があらわれた。

 それは少しずつ胎動をはじめて不定形なゼリー状の物体になり、魔力を込めるとエンジェルフィッシュの稚魚へと変化していった。


 和名は天人石鯛。スカラレ・エンゼル種と呼ばれる野生種のタイプだ。


(今度の聖龍は可愛らしい奴にしよう) 


 知里は想像力の翼を広げながら、強く魔力を込めた。


 聖なる力と闇の魔力、相反する属性の間で稚魚はみるみる大きくなった。

 薄青の魚体に、黒い縞が三つ浮かび上がり、大きな目は知里と同様に赤い宝石のような輝き──。

 

 知里は我が子を慈しむように微笑みかけた。


「ダメだ。そんなありふれた熱帯魚じゃつまらん。もう一匹追加しろ」


 ところが、またしても聞こえた兄の声。

 エンジェルフィッシュの姿で成長しようとした新たなる聖龍の龍核に、もう一匹の魚が生み出された。


「ちょっと……!?」

 

 10枚のひれを持つシーラカンス目の一種だが、現在も生息している種か、すでに絶滅した種なのか、詳細は知里も知らない。


 突然まったく外見の違う魚が、何の予備動作もなくあらわれたため、知里は魔力操作に戸惑った。

 それでも、どうにか持ちこたえて一対となった小聖龍を安定させる。


「お兄ちゃん! 何でイキナリこんなことするのよ」


「バックアップは常にとれと教えたはずだ。またどこぞの狼藉者に滅ぼされないとも限らない」


 唇を尖らせる知里に、兄の冷静な声。

 こうして一対の聖龍が新たに生み出されようとしていた。

次回予告


エルマ「そういえば前回のサブタイトル『処女懐胎』について、知里さん処女だったんですか?」


知里「まあね」


エルマ「意外ですわー♪ 冒険者なんてふしだらな稼業で男女問わず、ズッコンバッコンやりまくりだと思ってましたのに♪」


小夜子「え、エルマちゃんなんてこと言うのよ!」


知里「何ごとも人に拠るんじゃない」


エルマ「意外ですわ~、知里さん♪ やっぱり真の陰キャは違いますわね♪」


知里「ちっ」


直行「次回の更新は8月25日を予定しています」

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