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582話・白き龍が落ちるとき


「貴女に、この世界の存続を託したいのです」  


 知里の頭の中に聖龍の意志が流れ込む。


「……ちょっ、何を言ってるのか分からない……」


挿絵(By みてみん)


 動揺しながらも、彼女は聖龍から目をそらさずに接近し、心が読める能力でその真意を探ろうと試みた──。


「うわっと!」


 ところが、闇の翼で聖龍に近づいた次の瞬間──。


 激しく踊るヒナの四肢から撃ち出されたミサイルが、目の前をかすめた。


尾翼のついた円筒形の飛翔体は不規則な軌道を描き、目弾頭部は空気との摩擦ですさまじい高温になっていた。


 知里がとっさに冷却魔法を放たなければ、消し炭になりかねない威力だ。

 一瞬でも気を抜けない戦場だった。


「こんなんであたしが消し炭になっちゃったら、ヒナも寝覚めが悪いでしょうね」


 知里は呆れた交じりの微笑を浮かべ、ヒナを一瞥した。

 無我夢中のヒナ・メルトエヴァレンスは、知里の存在にさえ気づいていない様子だった。


 彼女は静かに視線を聖龍に戻す。


(聖龍さま。あたしにどうしろと? あなたを殺そうとしている(ひと)とは……その、友達なんで戦えないよ)


 なおも立て続けに放たれたミサイルは白い雲を引きながら流れていく。

 それは灼熱の空気を切り裂きながら、聖龍の巨体にぶち当たり、神々しい姿を無残に削り取った。


「かといってあたしには回復も無理だし。ゴメンね。せいぜいミサイルの軌道を逸らすことくらいしかできないんだ!」


 知里は早口でまくしたて、申し訳なさそうにうつむいた。


「…………」


 聖龍は沈黙したまま、応えなかった。


「……聖龍さま、用件は具体的に手短に、口に出すか思うかしてよ。あたしには、やらなきゃならないことがあるんだから……」


 知里も言葉に詰まる。


 撤退をはじめたグンダリとソロモンを捨て置くわけにもいかない。

 親友の敵を討つために、知里は花火大会を戦場にしたのだから……。


 突然の聖龍の懇願に、彼女の困惑は増すばかりだった。


 ◇ ◆ ◇


 傷ついた聖龍は、己の命が尽きるのをひしひしと感じていた。

 人間とは違う感覚、価値観で生きてきた巨大生命体にとって、死は単なる肉体の崩壊に過ぎない。

 しかし、崩壊の前に次代を生み出し、造物主の命を継続しなければならない。


 知里に思念を送りながら、聖龍は造物主から受けた命令を何度も反芻していた。


 1000年もの間、人々の守り神としてこの世界に君臨していた聖龍だが、そもそも時間の概念を持っていない。

 脳裏にあるのは、シンプルに命令を遂行することだった。

 

 存続サセヨ。

 瘴気ヲ喰ライ、絶望ヲ祓エ。 

 コノ世界ノ維持サセヨ。


 歴代の法王が継承してきた能力『天耳通』は、聖龍を操ることができる。

 しかし、せいぜいできるのは個人の殺傷までで、この世界そのものを滅ぼすことは決してできない。


「知里。貴女には闇の巫女として、次代の依り代を務めてほしいのです」 


「依り……代?」


 聖龍に請われた知里はギョッとした。


(──あたしが次の聖龍さまになれって言うの?──)


 それは予想だにしなかったことだ。 

 反応に困った知里は、大きな瞳をしばたかせ、さらに視線を泳がせた。


 ◇ ◆ ◇


 一方、困惑した知里と、聖龍との問答が続いている最中でも、戦局は動いていた。


 法王ラーがヒナを阻止すべく、聖龍を守ろうと飛び出してくるものの、再三にわたる勇者トシヒコの妨害によって阻まれている。


「いい加減へばれよクソガキ!」


「焚きつけたのは勇者殿でしょう!」


 勇者トシヒコ対第67代法王ラー・スノールの一騎打ちは、限界を超えた先で、お互い一歩も譲らない死闘となった。


 左腕を失ったハンデを少しも感じさせないで戦うトシヒコの剣さばきと、消費の少ない初級魔法を駆使して対抗するラーの激闘。


 サポート役を務めるミウラサキも小夜子も、肩で息をしていた。

 攻撃役のヒナは精密な舞踊で召喚術を形成しているため、目に入りそうな汗を拭うこともできなかった。

 

 さすがにこの世界でも屈指の超人たちも、すでに限界を超えていた。

 しかし誰も怯むことはない。


 ミウラサキの時間操作、小夜子の障壁、トシヒコによる徹底的な法王への足止め。


 女賢者ヒナ・メルトエヴァレンスの、迷いを振り払った無慈悲な召喚術で現れた空対空ミサイルの集中砲火──。 


 勇者たちは戦いを続けた。

 神の名を持つ聖龍は、断末魔を上げて落ちていく。


「時間がありません知里。卓越した魔力に術式操作、加えて造物主に連なる貴女なら、申し分のない人選です。どうかこの世界の存続を、貴女に託します……」


 朽ちゆく聖龍が上げた、金属音のような断末魔の声の裏で、知里の頭の中に明確な思考が流れ込んできた。

 

 次代の聖龍は、知里に託されるのか──。

 それは彼女の選択にゆだねられていた。

次回予告

※本編とはまったく関係ありません。


直行「このお話がアップロードされたのは8月の13日。お盆の入りだったな」


エルマ「お盆といえば、亡くなった皆さんが年に一度だけ蘇る日ですわね♪」


知里「ん? 何かちがくね。それゾンビ映画じゃね?」


小夜子「私の家では迎え火じゃなくて、提灯を持ってお寺からお燈明を分けてもらって来たりしたわねー。ヒナちゃん、私の新盆ちゃんとしてくれたかな」


直行「……お、おう(返答に困るな)」


エルマ「小夜子さんだけじゃなくて、この世界の転生者も全員お盆の黄泉がえりみたいなものですわね♪」


知里「まあね。そうっちゃそうね。あたしは死んでないけどね」


直行「……次回の更新は8月17日を予定しています」

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