581話・葬列の連環
「ここは俺に任せて撤収しろ! 新王都に帰って、鍛錬を重ねろ! 俺の仇を討ってくれ……!」
──最後にそう言い残し、仮面の巨漢戦士パタゴン・ノヴァは逝った。
知里による執拗な闇魔法、蟲毒から仲間を守る盾となり、苛烈な攻撃をしのいだ。
肉体はとうに限界を超え、崩れ落ちていく。
素顔を見せることもなく、絶命した彼だが、心は満たされていた。
(俺は騎士だった。ガルガ王の幼馴染ゴートでもあり、素性のしれない孤児かも知れないが、確かに俺は騎士だった──)
味方を守りきることで、パタゴン・ノヴァとは何者なのかを確信できた。
グンダリとソロモンが奮起しようと、そうでなかったとしても、因果の糸を継いだ。
敵対した知里も、パタゴンとは何者であったのか、忘れはしないだろう。
「…………」
一方、知里はパタゴンの思考を読みながら、唇をかみしめる。
迷いやためらいは振り切ったはずだが、パタゴンの純粋な思いは、知里の心に深く影を落とした。
言いようのない思いに駆られて、彼の亡骸を見つめるしかなかった。
彼女は、隻眼の騎士グンダリの心に怒りと復讐の炎が灯ったことを感じ取った。
「……因果の糸が何だっていうの。パタゴンの仇を討とうって言うなら、受けて立つ!」
「ほざけ! クソ猫が! テメェはここで落ちる! それは確定した未来だ!」
グンダリは一喝し、渾身の力で蛇腹剣〝真・鉈大蛇〟を振り絞った。
風を鳴らし、振り下ろされる斬撃。
闘気によって無数の刀身が発光し、変則的な軌道を見せる。
「グンダリ。アンタが何を見、何をどう決意しようと、あたしは親友の仇を討つだけ!」
知里は闇の翼と六本の魔神の腕を自在に動かし、蛇腹剣の変則的な斬撃を弾き飛ばす。
グンダリの持つ〝未来視〟の能力を計算に入れつつ、間合いを詰める。
魔導士の知里が、近接戦闘に見せかけてゼロ距離から魔法攻撃を撃ち出す。
知里による、“対未来視”の戦闘スタイルは、グンダリに主導権を与えない。
斬撃よりも速い魔法攻撃を、近距離から連撃される。
グンダリは戦士の間合いに飛び込んだ魔導士の戦い方に対応できなかった。
知里は彼の〝未来視〟よりも速く、闇の刃を撃ち出す。
「うおおおお──!」
グンダリは吼え、闘気を振り絞って闇の刃を止める。
鎧の隙間から四肢を引きちぎらんと侵入してくる魔力を、屈強な肉体と闘気で打ち消す。
防戦一方だった。
グンダリの臓腑に、激しい嫌悪感が沸き起こる。
(クロノ王国最精鋭“七福人”が、冒険者ごときに──)
トシヒコら〝英雄〟に対抗するための戦力〝七福人〟に抜擢され、最新鋭の武具を供与された“選ばれし将”であるにも関わらず、一介の冒険者に過ぎない知里に手も足も出ない。
「悔しさを抱えながら地獄へ落ちなさい!」
知里は冷酷に笑って、魔神の腕でグンダリの顔面を何度も殴りつけた。
騎士グンダリにとって、耐えがたい屈辱だった。
その悔しさが、表情や挙動に出てしまっていた。
妨害術具で、心を読まれないように対策していたとしても、知里に筒抜けであろうことも腹立たしかった。
「ソロモン! 次はアンタよ!」
グンダリとの戦闘は決しかけた。
知里は魔神の腕でグンダリの四肢をつかむと、無造作にソロモンに向けて投げつけた。
そして自身の左手と右手の魔法銃で、呪殺系魔法と蟲毒を同時詠唱する。
グンダリを回収するソロモンもろとも滅ぼすために、ありったけの呪詛を込める──。
──ところが、知里の脳裏に得体のしれない声が響き渡る。
人の声ではない。
(──懐かしき聖女よ。どうか助けてください)
知里の“他人の心を読む”能力『他心通』を通して流れ込んでくる“意志”からは、人間とは違った波動を感じた。
(聖龍さまが、あたしに語りかけているの──?)
戦闘の手を止めて、知里はその場に浮かんでいた。
仇敵に放たれるはずだった呪詛は行き場を失い、彼女の両腕の周囲を飛び回ると、やがて消えた。
「……“懐かしき聖女”って何? 誰のことを言ってるの?」
突然頭の中に侵入され、まったく身に覚えのない言葉を投げかけられた知里は、少なからず取り乱してしまっていた。
それに加え、倒さなければならないグンダリとソロモンが遠ざかる様子にも苛立ちを覚える。
「答えなさいよ、聖龍さま」
彼女が聖龍に目をやると、傷ついた長い体の先にある頭がわずかに傾き、赤い瞳が瞬いた。
「…………」
聖龍は何も語らず、ただ知里を見ていた。
この世界の神として、今しがたまで威容を誇っていた姿は見る影もなかった。
聖龍の損傷はすさまじく、肉は抉り取られ、ところどころ骨が露出していた。
優美な背びれも溶け落ちていた。
ヒナの容赦のないミサイル爆撃によって、見るも無残な姿へと変わり果てた。
「…………」
傷ついた聖龍の姿に、知里はかける言葉を失ってしまった。
『他心通』の能力によって、彼女はトシヒコやヒナの思いや決意も知っている。
個人的には蛮行だと思っているが、勇者自治区の住民の命を預かる責任者たちが下した決断は重い。
一介の冒険者が介入すべき案件ではないと知里は考えていたため、トシヒコを止めなかった。
(聖龍さま自らが、あたしに助太刀を頼みに来たって言うの……?)
おそるおそる、思いを浮かべた。
「いいえ知里。貴女にはこの世界の存続を託したいのです」
聖龍が、再び知里の心に語り掛けた。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「浴衣を着て夏祭りに出たはいいですが♪ 足首痛いですわ~♪」
直行「俺は足にまめができちまった……」
小夜子「普段下駄は履き慣れないもんね。仕方ないか」
知里「あたしは浴衣にスニーカーだから平気だけどね」
小夜子「うわー知里、それって邪道じゃん」
知里「浴衣なんて正装じゃないんだし、合わせが『左前』じゃなければ、足元くらい自由でいいと思うよ」
直行「女子は和装ブーツとかアリだけど、男で浴衣スニーカーはみっともなくないか?」
知里「白は論外だよね。でも帯の色とスニーカーの色を合わせたり、統一感があればメンズ浴衣スニーカーも全然アリだと思うよ」
直行「次回の更新は8月13日を予定しています。『お盆だよ! 黄泉返れ全員集合』お楽しみに」
エルマ「まめができて歩けなくなるよりマシなら何でもいいですわ~♪」




