580話・知里、ためらいの果てに
今回は三人称でお送りします。
法王と勇者の死闘──。
それに加えて聖龍を討ち倒そうとする女賢者ヒナたちの奮戦は、クロノ王国〝七福人〟の想像を超える規模であった。
今回はじめて目の当たりにした勇者パーティの圧倒的な実力に、武人グンダリは心が躍り、ソロモンは心がざわめいていた。
「……あれが〝勇者一行の力〟かよ! すげーな、やべぇぜ」
隻眼の騎士グンダリが、無邪気な歓声を上げていた。
「……法王猊下」
一方死霊使いソロモンは、心配そうにラーの姿を追った。
「おいソロモン、ラー法王がウチの国宝を持ち出してるんだが、アレ問題じゃねえの?」
痩身のラーには不釣り合いな大剣グラム・レプリカ。それはガルガ国王の愛刀で、クロノ王国の国宝に指定されているものだ。
グラム・レプリカとは北欧神話の英雄シグルドの魔剣を模したもので、その名は「怒り」を意味するという。
勇者トシヒコら異世界人に対抗するために、あえて異界の神話に登場する魔剣の名が冠せられた。
「国宝はグンダリに任せる。我は命に代えても法王猊下をお助けせねば!」
ソロモンの心は、ざわついていた。
魔力が朽ちかけているラーを助けなければならない。
父子二代の因縁が、ソロモンの脳裏にはためく。
そこに、知里の放った死神の鎌がかすめる。
「ヒナの奴、ミサイルなんか召喚して、この世界をどうするつもりなのよ」
知里は四本の魔神の腕で近距離から闇魔法を放ち、グンダリとソロモンの不意を突いた。
黒い影が刃となり、隻眼の騎士の首を掻き切らんと鋭く伸びる。
知里は兄との対話を思い出す。
──舞台に立ったら、戦うか逃げるしかない。
迷いなどという思考は、選択肢に上がってはいけない。
いまの知里には、目の前の敵を倒すことしか頭になかった。
「グンダリ! ソロモン! よそ見するな! この闇魔導士も規格外だぞ!」
間一髪で飛び出した仮面の巨漢戦士パタゴン・ノヴァが肉壁となり、知里の攻撃を両腕で防いだ。
そして屈強な上腕部深くに入り込んだ闇の刃を引き抜くと、そのまま引き寄せて知里の態勢を崩し、膝蹴りを浴びせる。
しかし知里は宙返りで膝蹴りを交わしながら、魔法銃でグンダリを狙う。
「……俺が俺であることを証明するためにも守る! 守りきる!」
パタゴンは吠えながら知里の射線に割って入り、弾丸を受け止めた。
仮面の下の表情はうかがえないものの、彼の心は高ぶっていた。
パタゴンは幾人かの人間を合成して作られた存在で、複数の記憶を宿している。
そのために、自分が何者であるか、本人も定かではなかった。
そんな彼は自身に課せられた使命を果たすことで、自己を認識していた。
ソロモンやグンダリに対しても、格別な親愛の情もなかったが、パタゴン自身が騎士であるために、体を張って2人を守ろうと決めた。
そうすることで、自分を〝守る者=騎士〟として強く定義することができた。
「……めんどくさいやつね。邪魔立てするなら、アンタも容赦はしない」
心が読める知里には、パタゴンの葛藤も決意も筒抜けであった。
親友の仇とは無関係なこの男とは戦いにくい。
また、彼の複雑な内面に付き合うほど、お人好しではないつもりだ。
彼女の中にためらいはあったが、兄の言葉を思い出しながら迷いを振り切る。
(戦うと決めたら、相手を倒す。自分が負けそうなら逃げる。シンプルに考えろ)
知里の敵は、あくまでもグンダリとソロモン。
魔力によって作られた6本の魔神の腕から放たれる闇の茨は長く伸び、パタゴンを素通りして後ろのグンダリとソロモンに迫る。
「2人は殺させぬ!」
長く伸びた闇の茨をパタゴンが無理な体勢でつかみ、強引に引きちぎる。
闇の茨はまるでムカデのように戦士の体を這いまわり、腹部に侵入。
「ぐおおおお」
パタゴンの体内に闇の茨が這いまわり、いくつかの臓器を掻き切った。
「アンタは殺したくなかったんだけど」
さらに近距離から魔導銃が放たれ、巨人の仮面を撃ち抜く。
「茨や弾丸ごときでおいらを殺せると思うなよ!」
それでもパタゴンはひるまない。
知里が放ったのは蟲毒の弾丸だ。ありとあらゆる毒虫が、パタゴンの顔中に侵入し、這いまわる。
「ぐわあああ」
知里の執拗な攻撃を、ことごとく受け止めるパタゴン・ノヴァ。
彼は崩れかけた肉体で、激しい痛みに耐えながら2人を守っていた。
そんな鉄壁の肉体を持つ彼に去来するのは、この姿に改造されたときの最初の記憶。
我ら〝七福人〟は〝勇者パーティ〟に対抗するために、作られた存在──。
天性の素質に恵まれたグンダリやソロモンと違って、パタゴン・ノヴァは錬金術師サナ・リーによって合成させられた人間だ。
巨漢パタゴンは、知里の攻撃を辛うじて防ぎながらも、自身の限界を感じていた。
(この女魔導士も、元は勇者パーティだったという)
「英雄たちに対抗するために生まれた我らが! 英雄になれなかった冒険者崩れの復讐劇に防戦一方とは! 恥を知るべきだ!」
パタゴン・ノヴァの中にいる、近衛兵だったゴードが叫んだ。
ガルガの幼馴染として育った彼は、誰よりも親政クロノ王国の行く末を案じていた。
「グンダリ! ソロモン! お前たちは“クソ猫”を駆逐し、勇者一行も凌駕しなければならない!」
パタゴンはすでに死を覚悟していた。
喀血しながら知里の体に覆いかぶさり、ソロモンとグンダリへの射線をふさぐ。
「ここは俺に任せて撤収しろ! 新王都に帰って、鍛錬を重ねろ! 俺の仇を討ってくれ!」
仮面の男の肉体は限界を超え、崩れ落ちていく。
闇に侵されながらも、彼は騎士然とした声を張り上げ、2人に後事を託した。
「…………」
──パタゴンが放った最期の言葉は、ソロモンとグンダリ、そして知里の心に深く突き刺さった。
次回予告
※本編とはまったく関係ありません。
エルマ「ドゥン♪ ドゥン♪ ドゥン♪ ドゥン♪」
直行「藪から棒にどうしたエルマ?」
エルマ「夏祭りでEDМがかかっていて♪ 踊ってるワンちゃんと猫ちゃんがいましたわ♪」
小夜子「ああ。ディスコでかかってるやつね。ヒナちゃんも踊ってたわ!」
知里「多分ヒナ的にはクラブなんだけどディスコでいいや」
直行「夏祭りは盆踊りじゃないのかよ」
エルマ「ドゥン♪ ドゥン♪ ドゥン♪ ドゥン♪」
直行「次回の更新は8月9日を予定しています。『パリピ横揺れEDМ』お楽しみに」




