579話・取り残された気持ち
※今回は直行の一人称によりお送りいたします。
「聖龍さまが……落ちていきます……」
ヒナちゃんが召喚したミサイルを撃ち込まれ、聖龍はなすすべもなく沈んでいった。
「罪深いことをしでかしましたわね、ヒナさん……」
冷静だったレモリーも、得意げだったエルマも、さすがに複雑な表情を浮かべていた。
彼女たちにどれほどの信仰心があったのかは知らないが、まさか今日、この世界の神がいなくなるとは夢にも思わなかっただろう。
子供のころからずっと空を泳いでいた大いなる存在が、いなくなってしまうのだ。
正直、ここへ来て数か月足らずの俺だってショックはある。
ましてや、神殺しの張本人が友人でもあるなんて、複雑な気分だ。
勇者と法王、どちらが勝つにせよ、最早とりかえしのつかない事態だ。
聖龍が墜ちたとき、この世界に何が起こるのか──。
勇者トシヒコには、その後の世界情勢まで視野に入っているというのか──。
この戦い、どちらが勝利するかによって、勇者自治区と法王庁の力関係が大きく変わる。
法王に“逆らうと死ぬ”『強制』の呪いをかけられている俺には、表立って勇者をサポートすることはできない。
どうして、こんなことになってしまったのか
ただ、俺にはどうしようもなかった。
勇者パーティたちに割って入ることなど、とてもじゃないけど無理だった。
現に魔法と斬撃が繰り出される超高速の戦闘を、ほとんど目で追うことができない。
次々と空に風穴が開いたり、一瞬で昼間になったような光弾や熱源の応戦。
天高く舞い上がる水しぶきは、この世の終わりを見ているようだった。
会場への被害は、小夜子が発動した青い障壁によって最小限に抑えられていたが、それも限界があった。
大きな地響きと共に揺れる水面で、花火大会会場はいまにも転覆しそうだ。
この異変に、酔狂な諸侯たちの目も覚めたようだ。
鵺とグリフォンを使った避難作業に、我先にと押し寄せ、半ばパニック状態となりつつあった。
そうした困難な状況下で、ギッドとクバラ翁は冷静に諸侯たちを退避させている。
皆、土壇場で必死に自分にできることに取り組んでいる。
一時は壊滅状態にまで追いやられた勇者パーティを復活させ、聖龍・法王への再戦へとつなげたのはエルマとネンちゃんのチート回復コンビだった。
自らの両腕を犠牲にすることを厭わなかったアイカの覚悟と信念を受け止め、ミサイルを召喚したヒナちゃんの意志と魔法能力──。
だが俺は──。
“思い”だけではどうにもできない実力を目の当たりにし、俺は打ちのめされていた。
いま、この場で〝戦闘〟に参加しているのは、野球で例えると全員メジャーリーガー、それも殿堂入りレベルだ。
エルマまで急に覚醒してしまってシン・エルマだ。
対して俺は、戦力にならない。
野球でいったらリトルシニア脱落者のまま、現役のメジャーリーガーの試合でベンチを温めているようなものだ。
俺にできることは、エルマやネンちゃんにダメージがいかないように、腕を失ったアイカがこれ以上傷つかないように、3人を守り切る──。
──そう思ったところで、俺自身の能力では盾にさえなれないのが実情だ。
小夜子の障壁がなければ、俺なんかエルマよりも先に消し炭となっているだろう。
場違いすぎる戦場に、むなしさというか、取り残された絶望を感じていた。
「…………」
「おじさん、何で泣いてるんですか? おなか痛いならネンが治してあげるよ」
ほとんど意識していなかったけど、俺の目から涙がこぼれ落ちていたようだ。
泣いていたのか、俺──。
「……ネンちゃん、危険な状況なのに俺なんかの心配までして切れてありがとう……俺は大丈夫だ」
俺はそれとなく涙をぬぐい、力なく答えた。
皆の姿が遠くに感じて、思わず卑屈な笑みがこぼれる。
そのとき、頬に鋭い痛みが走った。
レモリーが俺の頬を打ったのだ。
「直行さま! 心を強くお持ちください!」
彼女は俺をまっすぐに見ていた。
「レモリー……」
「強くなくったって、生き残ることはできます。直行さまはここをやりすごし、ロンレアを、私たちを導いていかなければなりません」
俺は拳を握りしめ、唇を噛み締めた。
この期に及んでも、彼女は俺を信頼してくれている。
戦場では無力な俺だとしても、ロンレア領を預かる責任は負っている。
たとえ法王庁の傘下にされてしまっても、自治を取り戻し、クロノ王国の侵攻を食い止める。
情けなくても、ここで腐ったらいけない。
俺は顔を上げてレモリーを見る。
「レモリーは愛ゆえに盲目でしょうが♪ あたくしのフラットな目でも直行さんの立ち回りは評価しています♪ トシヒコさん達の激烈バトルに惑わされちゃダメです♪ 直行さんの出番は戦後処理ですから♪」
エルマはニヤリと笑う。
欠けた前歯も治さずに、いつ誰が負傷しても対応できるように足元には魔方陣が描かれている。
勇者たちの戦い、エルマとネンちゃんの戦い、そして俺にできる選択肢。
決意したところで、道が開かれるわけではない。
ただ、少しでも生き残る可能性の高い位置取り、行動、言動を試みること。
俺の出番はまだここではない。
どうしようもない無力さを押し殺しながら、俺は自分に言い聞かせた。




