578話・大罪のミサイルガール
空中から発射され空中の目標=聖龍を攻撃するための兵器だが、燃料は炎の精霊石で、電撃系魔法を利用したホーミング誘導を行う。
「本当は、天気予報と宇宙開発のためのロケットなんだけど!」
ヒナはかつて、勇者自治区で気象衛星を打ち上げるためにロケットを召喚したことがあった。
その後、トシヒコに「原理は同じだから」「念のため」といって無理やり見せられたのが、各種ミサイルの設計図だった。
女賢者ヒナの特殊能力『精密記憶』は、一度見たものならどんな細部でも記憶に留めて置ける能力だ。
この能力は召喚魔法とすさまじい高相性で、設計図さえ頭に入れば、通常の召喚士では決して呼び出せないような複雑な精密機械をも召喚できる。
言ってみれば、彼女自身が精密な3Dプリンターのようなものだ。
踊りながら、次々と召喚された空対空ミサイルは、発煙をまき散らしながら聖龍を狙う。
初撃──。
爆風によって加速された弾頭の先端部が聖龍の喉元に突き刺さり、ミサイル内の火薬が爆発して内側からダメージを与える。
「……!?」
ミサイルを目にしたとたん、ラーの目つきが鋭くなった。
「……やはりあれは、そうか。勇者自治区は〝近代兵器〟を所持できるのだな……」
ラーは爆炎魔法を中途半端に発動させ、煙幕でトシヒコの視界を奪う。
そして自身は瞬間移動で、ヒナたちの戦場へと移る。
「させるかよ!」
トシヒコはそう言いながら光と同化し、ラーの足首をつかむと、強引に瞬間移動を解呪した。
「ウチの看板女優のとびっきりのショーだ。邪魔はさせねえ」
勇者による瞬間移動の解呪と共に、太刀“濡れ烏”の斬撃。
しかしこれを兄王の大剣グラム・レプリカが受け止める。
剣撃の中心から火花と黒い雷が飛び散り、干上がった湖に落ちた。
「……ヒナ・メルトエヴァレンス。幼稚な言動から、そこまで知恵が回る人物には思えなかったが、なるほど〝超精密記憶〟。異界のあらゆるものを召喚可能とは……! それが“女賢者”の二つ名を持つ所以か!」
ラーは勇者から身を離しながら、女賢者の姿を追った。
「ひどい言われようだけど、安心して頂戴法王さま! ヒナは平和主義者だから核も細菌も生物兵器も使わないわ! これっきりだから!」
ヒナは戦闘機さながら、きりもみ回転で高速飛行しながら次々と空対空ミサイルを召喚していく。
数百もの白煙が躍り、絡まりながら聖龍の長い胴体に次々と突き刺さる。
「…………!!」
夜空を引き裂くような聖龍の悲鳴が轟いた。
千年以上もの間、この世界の空を支配した龍の断末魔だった。
その光景は、花火大会の会場で見守る法王庁の聖職者たちには文字通り悪夢以外の何者ではなかった。
また、その場にとどまった諸侯たちにとっても衝撃的な光景だった。
「自治区の異界人どもが聖龍さまに花火をぶち当てやがった……」
「耳がキーンってなって、何言ってるか分かんねえよ」
「……何が起こってるんだ……」
彼方まで響き渡る金属音のような断末魔の悲鳴──。
誰もが初めて耳にする、頭が割れるようなすさまじい高音と、音と熱が混ざった衝撃波で乱れ飛ぶいすやテーブル。
何人かが鼓膜を破られる。また、飛んできた食器で怪我をする者もいた。
「うわああああ」
「あれ?」
会場から飛ばされ、そのまま干上がった湖に叩きつけられたそうな者、飛んできた岩石に押しつぶされそうになった者たち──。
「うおおおおー! 届け! 障壁!」
射程外から手を伸ばした小夜子は、まるで鞭のように障壁を操り、投げ出された人々を救った。
「……誰も、死なせる、もんか!」
極限まで研ぎ澄まされた小夜子の集中力が、さらに障壁能力を覚醒させる。
さながら触手のように障壁を伸ばし、ミサイルの残骸や大岩から人々を守った。
「ヒナちゃんの決断で、犠牲者を出しちゃ母親失格てなもんよ」
◇ ◆ ◇
断末魔の悲鳴を上げながら、聖龍は夜空をのたうち回った。
それを追い回す、閃光と化したヒナと、彼女から放たれる空対空ミサイルの白い煙が複雑な軌道を描き、絡まったまま聖龍の体を貫く。
「…………」
まさに地獄絵図のような光景に、法王庁の聖職たちの顔つきは凍ったまま動かない。
ある司祭は祈りを捧げようと手を合わせたが、手が止まった。
その祈りの対象がまさにいま、火だるまとなって息絶えようとしている。
「…………」
聖龍から流れ出た鮮血で、周囲に深紅の雨が降った。
「雨……じゃねえぞ」
「……ウソ……だろ。聖龍さま……が」
「何ということを……」
「異界人めが! 何ということをしてくれたのだぁ!」
聖龍が落ちる。
あまりのことに、ほとんどの者が状況を把握できていなかった。
しかし、断末魔の悲鳴を上げ、炎に包まれて落ちていく聖龍の姿に誰もが異常事態を理解した。
この世界の神が、異界人に殺されたのだ──。




