56話・スイートルームに仕立て屋を呼ぼう
俺は、ぼんやりとレモリーを見ていた。
「はい、直行さま。服を新調していただけるなんて、夢のようです」
「それはもちろん」
レモリーは小さくうなずくと、そそくさと俺の部屋を出て行った。
しばらくして、バスローブ姿のままで自室から戦闘で破れたドレスや靴を運び込んできた。
「えっ? 部屋が別なんだから、何も俺の部屋でしなくても……」
……試着とかもあるだろうし。
「いいえ。私や直行さまの衣装はロンレア伯爵家よりの借りものですから、一度に見てもらうのが良いかと思います」
どういう理屈か分からないけれど、俺はレモリーと一緒に仕立て屋の再訪を待つことになった。
先の一件があったためか、2人ともどこかぎこちなく、会話は特に弾まなかった。
「お茶、お入れいたしましょう」
「氷の精霊石で冷蔵庫があるからいいよ」
「そうですか……」
……少し気まずい沈黙のまま、レモリーは冷蔵庫から冷えたお茶を出してグラスに注ぎ、俺に差し出した。
俺は小さく礼を言って、飲む。
ウーロン茶のようだ。
でも、そんなことを話す雰囲気でもなかった。
レモリーにはもう少し踏み込んだ話をしたいのだけれど、空気が重い。
彼女は窓の前に立って、ものすごく思いつめた表情で湖を見ていた。
さっきの大胆な態度は何だったんだろう。
俺は彼女にどう接したらいいのか……。
声が、かけられない。
小1時間ほどして、再びドアがノックされ、昭和モダン風の仕立て屋ティティが訪ねてきた。
スッと帽子を取ると、甘い整髪料の匂いと、黒髪のフィンガーウェーブのレトロな髪型が目についた。
「仕立て屋のティティでございます。どうもお世話になります」
「お待ちしておりました。どうぞ」
待ってましたとばかりに、俺は彼女を招き入れ、さっそく仕事にかかってもらうことにした。
彼女は、抱えていた大きなトランクを応接室に広げた。
中には色とりどりの高そうな生地がたくさん入っていた。
俺とレモリーはボロボロになってしまった礼服とドレスを床に置き、広げた。
「寸法はこのサイズで宜しいですか? 生地の方はこちらから選んでくださいまし。今回はお時間がないということなので『複製』スキルで新調させていただきますけれども、ボタン等の変更がありましたら、お申し出くださいましね」
昭和モダン風の彼女は、やや古風だがテキパキとしている。
俺の衣装は借り物なので、元のデザインのまま復元して返却しないといけないな。
レモリーは新しい生地の手触りを確かめたりしている。
機嫌が直ったのか、何だか楽しそうに見えるけど。
仕立て屋ティティは、エルマがそうしたように『複製』スキルで古い衣装を新しい生地にコピーしていく。
魔法の力が発動し、生地は礼服へと姿を変えていく。
その様子を見ていて、ふと疑問に思ったことがある。
「あの、仕立て屋さんに素朴な疑問なんだけど『複製』スキルということは、ボロボロになった箇所も複製されてしまうのではないんですか?」
「そこは仕立て屋の腕の見せ所でございます。単純な『複製』だけではなく、属性魔法などを組み合わせて、最適な衣装をこしらえるのです。詳しくは企業秘密でございます」
ティティは手際よく生地を衣装に作り変えていく。
引き裂かれた箇所や、破れた箇所は修復されて新品の衣装が出来上がる。
時間にして、ほんの1、2分。
文字通り魔法の発動だ。
「どうぞご試着ください」
「素晴らしい技術ですね」
俺は仕立て屋の技術に舌を巻いた。
新品のドレスを着たレモリーも、とても嬉しそうだった。
「そうだ、ひとつ追加で下着を何枚かお願いしたいのですが、いいですか? もちろんお金は払います」
「ええ。構いませんよ」
「ありがとう。助かります」
先ほどまで履いていた下着を女性に差し出すのは、何とも恥ずかしいのだが洗濯している余裕はない。
もっとも、仕立て屋ティティも慣れたもので、トランクからいくつかのパンツの見本を取り出した。
トランクス、ボクサータイプ、ブリーフ。
メンズ下着タイプはおおよそ揃っている。
中にはビキニタイプやジョックストラップのような攻めたデザインのものまである。
俺は無難なボクサータイプを色違いで7着ほど複製してもらった。
肌に触れるものなので素材は厳選して柔らかい生地にしてもらった。
「ティティさん『複製』スキルはまだ行けます?」
「ええ。繁忙期などは1日100枚前後を生産することもありますから」
「じゃあ、レモリーも何か作ってもらうといい」
下着などは恥ずかしいだろうから、俺は隣の寝室に行くことにした。
しかし、レモリーが呼び止めた。
「いいえ、お待ちください直行さま。私の下着を選んでいただけると幸いです」
「そんなこと言われたってなあ……」
仕立て屋ティティはさすがプロだ。
平然とトランクから女性用下着のサンプルを取り出している。
清楚なフルバックから、セクシーなものまで様々に取り揃えてある。
レモリーは目を輝かせてサンプルを眺めていた。
過激なデザインに時折、頬を赤らめたり、クール&ビューティの顔に似合わず初々しい。
「どのような物でも、直行さまのお好みのものを付けますので、遠慮なく仰ってください」
モジモジと恥じらいながらも、きっぱりと言うレモリー。
分かった。俺も、決めてやらなければならない。
「メイド服の時はフルバックで、ドレスの時は下着の線が出ないTバックで良いだろう。色は黒だ」
「はい。直行さまの仰せのままに……」
「……」
それまで顔色一つ変えなかった仕立て屋ティティがドン引きしていた。
ともかく、こうして俺たちは新品の下着(替えも含む)と礼服、ドレスを新調することができた。
仕立て屋ティティには、15万ゼニルを請求されたけれども。




